
酪農経営
Ⅰ.舎飼いから放牧に転換を考えている方、関係者
1.放牧で経営が成り立つの?
(1)酪農経営の費用構成
農林水産省が公表(2023)している近年の酪農経営の生産費用について整理すると表のような内容になります。搾乳牛1頭当たりで示しました。北海道と都府県でその構成内容にはやや相違が見られますが、共通しているのは飼料費が最大費用であることです。次に減価償却費と労働費が続きます。この3費用が酪農経営の最大費用であり、生産費用全体を大きく左右しているといえます。
そしてこの3大費用の中で購入飼料費と減価償却費が近年増大しているのです。酪農経営は規模拡大が大きく進展しています。この規模拡大と歩調を合わせて飼料費と減価償却費が増加しています。


(2)規模拡大と生産費用
飼養規模と生産費用の関係は下表の通りです。飼養規模を拡大して生産効率を上げることで生産費用を下げ、生乳の生産コストを下げることを目的にしてきましたが現実にはそのようにはなっていないのです。その要因は規模拡大にともなって主要費用の飼料費と減価償却費が増大しているところにあります。つまり、酪農経営の利益(所得)の確保のためには、経営規模の拡大による生産量の増大(収入の増大)のみでなく、生産費用をいかに抑えるかがポイントになります。酪農経営における所得(家族経営、企業経営の場合は利益)=売上高―生産費用です。したがって、所得(利益)の確保のためには売上高のみでなく生産費用が大きく影響します。

(3)生産費用比較
放牧経営(放牧畜産実践牧場の代表的4戸平均)と一般経営(2023年12北海道生産費調査実績)の生産費用を下記に比較しました。生産費用における放牧経営の優位性が明らかに認められます。2022年次の比較ですが当期は購入飼料費の高騰など生産費用が急上昇した年でした。多くの酪農経営(北海道で約8割とも推定)で収支が悪化して欠損経営が続発しました。しかし、約1割とみられる放牧経営と自給飼料重視の経営では経営収支は概ね良好に推移しています。
このことの実態が費用比較に示されています。従来はこれほどの費用格差ではなかったのですが2022年の購入飼料価格の高騰が購入飼料依存度の高い通年舎飼い経営の飼料費を大きく増大させて利益を急減させたと言えます。購入飼料費の依存度の低い自給飼料重視経営や放牧経営ではこの影響が少なくなり、生産費用の格差が一層広がったものです。

(4)低コスト生産方式
北海道中川町の新規就農者:丸藤牧場の紹介
道北中川町で新規就農して群管理方式による放牧経営を実践している丸藤牧場の年間生乳生産について一般経営(舎飼い主体)の乳牛検定成績から生産技術の内容について詳しく検討しました。FCM(脂肪率4%換算乳量)を算出して逆算方式で自給飼料由来の乳量を算出して比較しました。日本飼養標準に基づいたその算出方法は以下の通りです。
自給飼料由来生産乳量=FCMー購入飼料生産乳量
FCM=(15×脂肪率÷100+0.4)×乳量
※脂肪率4.0%換算乳量
購入飼料生産乳量=(購入飼料量×TDN率)÷0.33kg
0.33kgは脂肪率4%の牛乳を生産するために必要なTDN量
年間牛乳生産の特徴(一般経営との比較)は、一般経営では月ごとの変動は少なく、年間コンスタントに産乳されていますが放牧経営には季節性があります。放牧期(5~10月)と舎飼い期(11~4月)で牛乳生産量に差があります。これが放牧酪農の特徴です。また両者には産乳内容に大きな相違があり、自給飼料由来の産乳量に大きな差があります。すなわち、放牧経営では年間をとおして自給飼料由来の産乳量が多く、特に放牧期にはこの産乳量がかなり多いことが示されています。ここに放牧酪農の生産コスト低減の要因があります。自給飼料由来の乳量が多いということは飼料給与面における飼料自給率が高いことも示しています。この結果、生産費用の購入飼料費をかなり少なくできるのです。
また、牛乳の需要は夏季に多くなりますので放牧生産は牛乳の需給にも合致しているとも言えます。


(5)放牧草の経済的有利性について
ここで放牧草の生産コストについて少し検討しておきます。通常乳牛に給与されている購入飼料と比較しました。
栄養バランス(TDN/CP)とTDN1kg当たりの価格(コスト)を比較しています。乳牛の栄養は大きく維持養分と産乳養分に区分されますが、これはTDN/CP比(栄養バランス)で表すことができます。日本飼養標準から維持養分のTDN/CP比は6~8、産乳養分は4~5です。このことから判断すると放牧草や良質のグラスサイレージは産乳養分の栄養バランスを備えているといえます。
そしてそのTDN価格(コスト)は安価であり、配合飼料の三分の一程度になっています。自給飼料の経済的優位性が明らかです。この安価でかつ産乳養分の栄養分を備えている放牧草の利用が放牧経営の飼料費節減に大きく寄与します。この結果、生産費用が低く抑えられ所得の拡大に波及しているのです。

放牧事例ー1 小~中牧区編成・昼夜放牧1 北海道十勝:幕別町 タカノファーム
十勝の幕別町忠類農協管内5戸の放牧畜産実践牧場は、よつ葉乳業を通じて放牧酪農牛乳を加工販売しています。販売先は、都府県にある「よつ葉会」(よつ葉牛乳を飲む会)への産直方式です。経営規模は中小規模でありながら安定した持続的な生産を実践しています。このグループを代表するタカノファームを紹介します。
家族経営であり2世帯で運営しています。放牧地は平坦地と丘陵地にあり、小牧区と中牧区の組み合わせ利用です。兼用地は1番収穫後からの利用(7月以降)と2番草収穫後(9月以降)利用でいずれも大牧区利用です。また育成牛専用放牧地は丘陵地にあります。植生状態によって小牧区と中牧区を柔軟に活用して効率利用に努めています。兼用地は夏から秋にかけて放牧草の衰退期に大牧区として利用します。昼夜放牧です。
飼養規模は80頭前後で経産牛は53頭で推移しています。放牧専用地は17ha、兼用地27haとして兼用利用を多くしています。




放牧事例―2 小~中牧区編成・昼夜放牧2 北海道十勝:足寄町 佐藤牧場
佐藤牧場は20年ほど前に舎飼いから放牧に転換した経営です。現在親子3代(父、娘、孫娘)で小規模ですが安定した酪農を営んでいます。放牧地は丘陵地での小牧区利用です。
しかし、秋口には中から大牧区に編成した柔軟な利用方式です。昼夜放牧です。
丘陵地の放牧地を小牧区に編成して集約的に利用しています。放牧転換後 にはペレニアルライグラスを追播して放牧地の植生改善に努めてきました。5年ほど前にはペレニアルライグラスの道東1号を積極的に追播して全面積に導入しました。

兼用地は1番草収穫後7月中旬から利用します。



放牧事例―3 中~大牧区編成・昼夜放牧 北海道十勝:足寄町 北野牧場
北野絋平さんは新規就農者で就農後10年ほどになります。乳牛は主要3品種飼養です。ホルスタイン種、ブラウンスイス種、ジャージー種です。放牧地は中牧区編成で滞牧日数は5~7日です。昼夜放牧です。兼用地利用も多くしており、大牧区利用で2番草以降の利用と2番草収穫後の放牧利用も行っています。有機飼料生産も行っており、資源循環型の生産です。2022年には住宅兼乳製品工房と喫茶室も建設しています。
夫婦2名の家族経営でゆとりを確保しながら乳製品の加工や喫茶店経営を目指しています。

兼用地は1番草収穫後の7月以降と2番草収穫後の9月以降に放牧利用します。



放牧事例―4 小牧区編成・昼間放牧 北海道釧路:浜中町 二瓶牧場
浜中町の二瓶牧場は現在3代目にあたる夫婦が経営しています。当牧場は30年以上前から地域のブランド牛乳である脂肪率4.0%牛乳を生産する数少ない生産農家です。通年脂肪率4.0%成分を維持するため、昼間のみの放牧としているものです。また、古くからペレニアルライグラス栽培を行い、当牧場は道東1号の原種の採種牧場です。飼養方式は繋ぎ飼いです。搾乳牛1頭当たり乳量も高く9,500kgを維持しています。

兼用地は1番草収穫後の7月以降に放牧利用します。



放牧事例―5 小牧区編成・時間放牧 茨城県:新利根協同農学塾農場(上野裕代表)
新利根協同農場は、新利根川河川敷に位置し、平坦地での放牧経営です。水田地帯でもあり、高速道路も放牧地内を走る市街近郊にあります。祖父である上野満氏が戦後開拓で入植し、当初は満州開拓団の仲間と水田酪農を開始した地域です。限られた土地条件の中で放牧を取り入れた数少ない農場です。現在は乳牛と繁殖和牛の複合経営です。放牧地は小牧区に編成して時間制限放牧(昼間放牧3~4月と10月、夜間放牧5~9月)を行っています。また、5年ほど前からチーズ工房(家族以外)も運営されています。後継者が就農して現在2世帯の家族経営です。




放牧事例―6 中牧区編成・時間放牧 熊本県人吉市:島津牧場
島津牧場はえびの市の山岳地域に位置し、山林地帯を抜けた開けた丘陵地で営農しています。当初は共同経営でしたが、現在は1家族で営農継続しています。以前は雑草のチカラシバが優占していましたが、放牧活用経営への転換に向けてイタリアンライグラス、ペレニアルライグラス、最近はフェストロリウム等を追播により導入して数年かけて放牧地を整備してきました。その結果、現在は牧草主体の放牧地が形成されています。
地域は暖地でもあり、周年放牧利用が可能です。このためほとんどの草地を放牧利用としています。また低地の稲作経営から飼料稲栽培も受託しWCS調製して補完することで飼料自給率を高めています。
こうした取り組みにより経産牛1頭当たりの乳量は8,149kgと高生産を維持しています。成牛舎はフリーバーン飼養でアブレストパーラー(4頭W)にて搾乳しています。
放牧地は野シバ放牧地を含め9牧区の中牧区に編成して、1牧区は3~7日滞牧で利用しています。いくつかの圃場試験を行った結果、現在の3品種の牧草と従来のシバ草地を組み合わせた利用体系を確立しました。野草地は主として育成牛利用です。






放牧転換事例―1 繋ぎ飼い経営における放牧への転換事例(北海道天塩町 高原牧場)
高原牧場は経産牛40頭規模で、スタンチョン繋留方式の牛舎で夏期間は放牧主体の酪農経営を営んでおります。
平成19年、経営継続が難しくなった実家の経営を再建するためにUターン就農し、放牧導入に取組みました。4年かけて自力施工で牧柵を張り、牧道を整備し中牧区方式で放牧をスタートしました。独学で放牧方法の改善に取り組む中、ニュージーランド・北海道酪農協力プロジェクトに参加する機会があり、小牧区輪換方式の放牧技術を3年間で習得しました。
放牧方法は、搾乳ごとに牧区を変え1日2牧区を輪換します。ライジングプレートメーターを用いて、牧区ごとの牧草生産量を把握することで、牧区面積の設定や牧区の入牧順番を決めること等に役立てています。
放牧方法の改善により乳飼比12%、所得率38%と経営は大幅に改善され、飼料費が高騰した現在でも乳飼比は16%と低く抑えられ所得に寄与しております。
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放牧転換事例―2 フリーストール経営におけるTMR給与から放牧への転換事例(北海道滝上町 平石牧場)
北海道滝上町でフリーストールシステムにより160頭規模の酪農を営む平石牧場は、TMR給与方式により1頭当たり9500kgと高生産牛群を管理していました。しかし、日々の労働は過重で省力化が大きな課題でした。ある放牧農家との出会いがきっかけで放牧に興味を持ち、道東に100頭規模の放牧事例が有ることを知り放牧転換にチャレンジしました。
土壌分析に基づいた施肥や短草利用、小牧区輪換など取組を重ね、最初の3年間は牛も人も放牧に慣れず、経営収支に成果が出ませんでしたが、4年目以降牛は放牧草を良く食べるようになり、徐々に購入飼料を減らしていき、労働時間の削減や飼料費等費用の低減につながり、所得率が向上しました。
放牧に転換しようとする場合は、①放牧実践農家を見て歩き、自分に合った放牧方法を見つけること、②放牧が始まったら牛が放牧に慣れ人間も慣れるまで待つこと、③電牧施設と同時に牧道の整備も同時に進めること、④放牧適草種の導入や土づくり、⑤気温の高い日は暑熱対策として夜間放牧とすること、などがポイントです。
<内容の詳細はこちらへ>

2.どうやったら放牧できるの
(1)放牧転換の要件
1)放牧地
搾乳牛舎の周りに草地は十分ありますか?
飲み水やひ陰場所は確保できますか?
2)放牧の情報収集と検討
牧場に適した牧草、放牧方法、経営収支など、放牧を始める前に十分に情報収集して、自分の経営に放牧導入が活かせるか検討します。
3)放牧に適した牛群
放牧に慣れていますか? 育成牛から放牧を始めて、放牧に慣れた牛群に変換しましょう。
4)周辺住民の理解
丁寧に説明しましょう。
放牧酪農では、放牧地と搾乳牛舎の間を牛がスムーズに移動できることが必要です。やや離れた草地でも、途中に道路や他人の所有地などの障害物がなく通路が設置できるなら、放牧地として利用できます。育成牛を公共牧場に預託すれば、成牛用に割り当てられる放牧地面積を増やせます。放牧地には飲み水や暑さや雨風をしのげる場所の確保も必要です。1頭あたりの放牧地面積、草種により放牧方法や給与飼料の準備量が変わってきます。都府県では10a/頭程度でも、放牧導入により経営が改善した例があり、放牧地面積と牛の頭数のバランスを取ることが重要です。そのためには、放牧酪農実践農家、普及指導機関などから情報収集を行い、自分の経営に放牧導入が活かせるか見極め、立地条件や経営に適した草種や放牧方法を選択しましょう。放牧未経験の牛は、無駄に歩き回り、上手に草を食べられません。育成牛から徐々に放牧に慣らすといいでしょう。放牧を始めると、ふん尿により水源が汚染されるなどの不安の声が周辺住民から上がるときがあります。不安に対してどのような対策を実施するかを丁寧に説明しましょう。


放牧畜産牧場の動画紹介((一社)日本草地畜産種子協会)
http://souchi.lin.gr.jp/houboku/grassfarming/
(2)放牧転換への手順
1)土地利用計画の作成
放牧地、採草地、兼用地を割り振る。通路、飲水、ひ陰場所は、牛や作業の動線、水はけ、設置しやすさを考慮します。
2)牧柵設置
牧場の境界線には牛の脱走や野生動物侵入防止の丈夫な外柵を、放牧地内は移動が容易な簡易な電気牧柵を利用します。
3)通路・水飲み場設置
設置場所は降水の流路や土壌崩壊を考慮します。外部へつながる川や池から直接、牛に水を飲ませないようにします。
4)放牧に慣らす・慣れる
牛も人も小面積で短時間から徐々に放牧に慣れましょう。あせらず数年かけて、安定した放牧酪農を目指します。
5)放牧地の植生改善
短草利用、高栄養草種の導入、雑草防除を心がけます。
費用のかかる放牧地の整備は計画的に行います。変更しやすいように移動式の施設や機材の利用を考えます。野生動物の侵入は草地生産性を下げ、家畜防疫上も問題です。通路、水飲み場、出入口は泥濘化しやすく、急傾斜面に設置した牧柵や通路から土壌崩壊が起きることがあります。泌乳量が9000kgを超える牛は放牧では飼いにくいです。草をよく食べ、足腰が強く、乳質・乳量・繁殖成績が安定した牛を残します。草地の植生を改善して、草地からの栄養摂取量を高めます。
集約放牧導入マニュアル(農研機構)
https://www.naro.go.jp/publicity_report/publication/files/syuyaku.pdff
府県型搾乳牛放牧の手引き((一社)日本草地畜産種子協会)
http://souchi.lin.gr.jp/pdf/news20140418.pdf
ⅰ)牧柵
外柵は脱柵、野生動物の侵入を防ぐために十分な強度が必要です。張力を緩めて倒伏させることができるタイプの高張力線は、降雪時や作業機を入れるときに便利です。簡易な電気柵は物理的な強度はなく、電気ショックを嫌う心理柵です。事前に牛に電気柵に慣れさせてから放牧します。また、通電していないことがわかると、簡単に脱柵するので、漏電がないように日頃から確認します。スプリングゲートは長さの異なる出入り口に利用できて便利です。牧区の出入口の場所は牛の移動の労力に大きく影響します。動線をよく考えましょう。





高張力線設置マニュアル(家畜改良センター)
https://www.nlbc.go.jp/miyazaki/denkibokusakusechiriyou/denboku1_4-miyazaki.html
ⅱ)通路・飲水器
泥濘化しやすい通路は,小石の上に十分な厚さの火山灰や山砂を敷き,降雨時に水みちにならないように,草地よりやや高くなるようにします。蹄より大きな間隔のキャトルゲート(テキサスゲート)は車両は通れますが,牛は通過できません。飲水量の不足は採食量や乳量の低下につながります。どの放牧地にいても清潔な水が飲めるように飲水器を配置します。牧場内の川を利用する場合は,下流の汚染を招かないように牛が立ち入らないようにし,配水管で飲水器に供給します。また,止水弁を飲水器につけて周囲の泥濘化を防止しましょう。




ⅲ)ひ陰林・給餌・アブトラップ
乳牛は暑熱に弱いため、放牧地にひ陰場所を設けます。ひ陰林は立木間隔が1.5~2.5m前後、面積4.5~5.0㎡/頭が標準とされています。ひ陰林は、吸血昆虫や風雨からの回避場所としても使われます。アブによる吸血は病気を媒介するだけでなく、大きなストレスとなり採食量の低下を招きます。アブの被害が大きいときは、アブトラップを設置します。簡易な自作タイプもあります。放牧地やパドックで鉱塩や貯蔵牧草を長期間給与する場合は、雨でぬれないよう工夫します。補助飼料を給与する施設の周りは泥濘化対策をするか簡単に移動できるタイプを検討します。




折りたたみ式アブ防除用トラップ(農研機構)
https://www.naro.go.jp/laboratory/tarc/contents/horseflytrap/index.html
(3)放牧草地の利用
放牧酪農では、高栄養の草を効率的に牛に食べさせることが重要です。まず、代表的な放牧方法について、次に高栄養草地について解説します。連続放牧は、転牧の手間や牧柵資材が少なくてすむのですが、草の生産量や被食量の把握が難しいので、初心者は輪換放牧から始めるのがいいでしょう。暑熱の影響や放牧地面積に制限があるときは、夜間放牧や時間制限放牧に切り替えます。消化率の高い草は採食量も高く、栄養摂取量も高まります。短い草丈で利用すると消化率、粗タンパク質含量が高くなります。集約的な放牧利用に向いた高栄養牧草はペレニアルライグラスです。寒地型牧草利用が難しい暖地では、冬作物のイタリアンライグラスで冬から初夏まで放牧を行なっている事例もあります。
1)代表的な放牧方法
・輪換放牧

放牧地を区切って順番に回す。
小牧区:1日1~2牧区利用(集約放牧)
中牧区:1牧区3~5日利用
大牧区:1牧区1週間以上利用
・ストリップ放牧(帯状放牧)

帯状に放牧地を細く区切り、少しずつ牧柵を前進。草の踏み倒しや食べ残しを少なくするために適用する。後ろにも牧柵を張る場合もある。
・連続放牧

1つの放牧地で放牧し続ける。
・先行後追い放牧

搾乳牛を先に放牧し、食べ残した草を乾乳牛など栄養要求量の低い牛に食べさせる。
放牧酪農(マニュアル)▶放牧の方法((一社)日本草地畜産種子協会)
http://souchi.lin.gr.jp/skill/4_3.php
当資料に記載された放牧方式の区分
https://souchi.lin.gr.jp/houboku-guide/lp/lp%ef%bc%97/
2)高栄養草地
放牧地を高栄養草地にするには、短草利用を心がけます。若い状態の草は、消化率、粗タンパク質含量が高く、牛もよく食べます。季節を通じて、短草利用するには、季節によって変化する生産量と牛の採食量の調整が必要です。牧草は春の生産量が盛大なので草が余って伸びすぎることが多く、夏には不足しがちです。そこで、一部の草地は兼用利用し、春に調製したサイレージなどは牧草量が不足する夏や冬季用の飼料にします。また、採食量のピークと牧草生産量のピークが重なるように季節繁殖を行う方法もあります。多くの雑草は採食されますが、棘や有毒物質がある植物は、採食されずに種や地下茎で蔓延するものがあります。これらの雑草は初期防除が重要です。放牧酪農に適した草種は再生力と栄養価が高い、ペレニアルライグラス、メドウフェスク、オーチャードグラスです。地域にあった草種を簡易更新などで計画的に転換します。シロクローバは、イネ科植物に比べて粗タンパク質やミネラル含量が多く、窒素施肥節減もできるので混播するのがいいでしょう。放牧地はふん尿が還元されるので、採草地に比べて施肥量は少なくてすみます。併給飼料が多いと、採食による持出し量に比べてふん尿からの還元量が多くなります。スプリングフラッシュを抑えたい場合は、春の施肥量を少なくします。牧草生産量が低かったり、雑草が繁茂したりする場合は、土壌診断を受けて、施肥設計を見なおしましょう。
高栄養草地.png)
春の放牧草の消化率は85%もある。夏には消化率が落ちるが、短い状態で利用するとサイレージや乾草に比べて高い状態が維持できる。
草地で見られる強害雑草






土地の条件に適した草種と利用法の考え方

(4)放牧家畜の管理
牛舎では餌の給与量と牛が残した量から、どれぐらい牛が食べたかが把握できますが、放牧では牛や放牧地の状態から推定します。また、放牧地、牛舎への往復時、搾乳時に牛をよく観察し、病気や発情を見逃さないようにします。以下にチェックポイントをまとめました。放牧転換時には人も牛も慣れるのに時間がかかります。得られる情報を放牧管理にフィードバックして、自分の経営にあった放牧酪農を目指しましょう。
チェックポイント
1)放牧地
草量・植生・草質、行動観察(採食、休息、反芻、発情、歩行)
2)牛舎
併給飼料の採食量、食いつき、発情、歩行
3)牛の状態
健康状態、ケガ、ボディコンディション、乳量、乳質
4) 放牧計画、併給飼料設計
上記の結果を反映する
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放牧草はサイレージ、乾草に比べて、TDN、CP含量が高いです。季節変化が大きいです。併給飼料の量と質を調整し、CPの過剰摂取に注意します。
・水分が多いので、ふんが非常に柔らかくなりますが、元気であれば、心配はありません。
・乳量・乳質から、エネルギー、繊維成分、CP等の過不足を判断します。

放牧家畜の管理_胸が張っているか?-scaled.jpg)
放牧に慣れないうちは、なかなか生草を食べたがらない牛がいます。また牛舎での飼料給与量が多いと、放牧地での採食量は低下します。放牧に慣れた牛は、新しい牧区に入った直後に1~2時間熱心に採食し、満足すると横臥して反芻します。放牧地で牛が休息せず、ずっと採食している、牧柵外に首を出して無理に外の草を食べようとする、脱柵するなどの行動があれば、草量不足のサインです。草が伸びているのに、牛が新しい牧区に入りたがらないときは、草質の低下、暑さの影響をうたがいます。放牧後に草地の草丈が短くなり、次の牧区と明瞭な色の差があり、牛の腹が張っていれば、放牧地で十分に採食している証拠です。
衛生管理は舎飼いと同様に「飼養衛生管理基準」を遵守しましょう。牛のケガ、事故、病気の対策の基本は予防です。放牧開始時期の春は天気が急変することも多く、飼養環境の急変によるストレスもあり、体調を崩しやすいです。徐々に放牧に慣らしましょう。舎飼いに移行するときも飼料の急変は避けます。吸血昆虫が媒介する病気や草の成分に起因する病気など、放牧で注意しなければいけない病気もあります。吸血昆虫対策には、アブトラップの設置、殺ダニ剤や駆虫薬の投与があります。有害植物など危険が拡大しないうちにリスク要因は早めに除去しましょう。日頃から牛の健康状態を把握して、病気の早期発見・早期治療に努めます。
放牧馴致は重要!~何に慣れさせる?~
1)屋外環境:パドックや牛舎に近接した小面積草地で慣らす。
2)生草:生草給与または牛舎に近接した小面積で練習。
3)群飼:群れの順位付けが決定するまで脱柵に注意。公共牧場を利用するときは数頭で預けるのが望ましい。
4)電気牧柵:牛舎やパドックで自然に接触させて覚えさせる。
放牧馴致をした牛は病気にかかりにくく、放牧初期の発育の停滞期間が短く、低下量も小さいです。病気になった牛は春の品質の良い草を十分に食べることができず、回復までに時間がかかります。また、育成時に放牧を経験すると、成牛になったときに放牧草を上手に食べることができます。牧区が狭いときは順位の低い牛は採食が十分できないことがあるので、注意しましょう。
放牧酪農(マニュアル)▶放牧草からの栄養摂取量と補助飼料の給与法((一社)日本草地畜産種子協会)
http://souchi.lin.gr.jp/skill/4_5.php
飼養衛生管理基準(農林水産省)
https://www.maff.go.jp/j/syouan/douei/katiku_yobo/k_shiyou/
牧場管理効率化マニュアル―放牧馴致とマダニ対策編-(農研機構)
https://www.naro.go.jp/publicity_report/publication/files/nilgs-bokujokanri2.pdf
牛を放牧するときの馴致について((一社)日本草地畜産種子協会)
http://souchi.lin.gr.jp/event/pdf/summit06_2.pdf
酪農経営
Ⅱ.新規就農者
1.放牧の魅力とは
新規就農者やそれを目指して北海道に来る方々のほとんどが放牧風景に憧れを持ち、その実現に向けて酪農経営を選んでいる方が大半です。
ゆとりのある放牧酪農
(1)経営
給餌、糞尿処理、自給飼料収穫などの作業時間や燃料等の資材費が削減できます。
(2)ふん尿処理
本来の飼い方に近い放牧で、ストレス軽減、家畜診療費を削減、産次数の向上が期待できます。
(3)草・土
土-草-家畜の循環が成立し、土壌生物、有機物、保水力が高い健全な草地で、持続性の高い生産が行えます。
(4)生態系保全・景観保全
草原に特有の植物、動物が保全されます。草地に牛がいる景観は人を和ませ、観光資源にもなります。
(5) 乳製品の安定供給
耕作が不向きな土地でも利用でき、輸入飼料への依存度を減らすことができます。
放牧酪農の魅力は、牛、草、土が本来もっている能力を生かして、人、牛、環境に負担の少ない乳生産を行うことです。労働時間とコストを削減しつつ、乳牛を健康で長く飼うことができます。放牧により植物密度の高くなった草地は炭素蓄積、土壌保全、雨水の貯留などの機能に優れます。豊かな土壌生物が草地の生産性を高めます。機械作業が困難な山間地でも、牛は草から良質な畜産物を生産します。もちろん、このような放牧の長所を引き出すには、適正な放牧をすることが重要です。過放牧では環境に悪い影響を与えます。放牧を上手に使いこなしましょう。
新規就農者で放牧利用経営の紹介
別海町 近津牧場
別海町の近津牧場は新規就農後15年ほどになる経営です。当初から放牧経営を目指して放牧技術の研鑽に努めてきました。地域では小規模ですが家族経営のゆとりある家族経営を目標に低投入で資源循環型経営を実践しています。放牧は中牧区利用で採草地もすべて1番草と2番草収穫後に放牧利用としています。
有機飼料生産の認証を取得しており、肥料はケイフンとホタテ貝殻肥料のみ投入しています。中牧区利用で放牧期の配合飼料給与はゼロでエネルギー飼料のビートパルプのみの給与です。こうした放牧利用で乳牛の平均産次は4産になって供用年数を長くしています。資源循環酪農のため、堆肥の活用には多くの時間をかけています。ふんにはぼかし肥料を添加し年6回の切り返しで堆肥化し、保管後、秋に全量兼用地に散布しています。




中川町 丸藤牧場
新規就農後15年になる牧場です。フリーストール方式による放牧利用経営です。土地条件は平坦地ですが、土質は粘土質と泥炭土であり、土壌条件は良くありません。暗渠の整備と牧草地の土壌改良など植生改善に努めた結果、良好な牧草地に改善され良質な牧草生産を実現しています。放牧は小牧区から中牧区編成で滞牧は1日から数日と柔軟な活用です。今後は有機飼料生産を目指しており、その移行に向けた取り組みを始めています。

丸藤牧場圃場図

2.放牧で経営が成り立つの
(1)放牧経営と一般経営の生産費用比較
放牧経営(放牧畜産実践牧場の代表的4戸平均)と一般経営(2023年12北海道生産費調査実績)の生産費用を下記に比較しました。生産費用における放牧経営の優位性が明らかに認められます。2022年次の比較ですが当期は購入飼料費の高騰など生産費用が急上昇した年でした。多くの酪農経営(北海道で約8割とも推定)で収支が悪化して欠損経営が続発しました。しかし、約1割とみられる放牧経営と自給飼料重視の経営では経営収支は概ね良好に推移しています。
このことの実態が費用比較に示されています。従来はこれほどの費用格差ではなかったのですが2022年の購入飼料価格の高騰が購入飼料依存度の高い通年舎飼い経営の飼料費を大きく増大させて利益を急減させたと言えます。購入飼料費の依存度の低い自給飼料重視経営や放牧経営ではこの影響が少なくなり、生産費用の格差が一層広がったものです。

(2)放牧経営の生産コスト低減の生産方式について
北海道中川町の新規就農者:丸藤牧場の紹介
道北中川町で新規就農して群管理方式による放牧経営を実践している丸藤牧場の年間生乳生産について一般経営(舎飼い主体)の乳牛検定成績から生産技術の内容について詳しく検討しました。FCM(脂肪率4%換算乳量)を算出して逆算方式で自給飼料由来の乳量を算出して比較しました。その算出方法は以下の通りです。
自給飼料生産乳量=FCM乳量ー購入飼料生産乳量
FCM=(15×脂肪率÷100+0.4)×乳量
※脂肪率4.0%換算乳量
購入飼料生産乳量=(購入飼料量×TDN率)÷0.33kg
0.33kgは脂肪率4%の牛乳を生産するために必要なTDN量
年間牛乳生産の特徴(一般経営との比較)は、一般経営では月ごとの変動は少なく、年間コンスタントに産乳されますが放牧経営には季節性があります。放牧期(5~10月)と舎飼い期(11~4月)で牛乳生産量に差があります。これが放牧酪農の特徴です。また両者には産乳内容に大きな相違があり、自給飼料由来の産乳量に大きな差があります。すなわち、放牧経営では年間をとおして自給飼料由来の産乳量が多く、特に放牧期にはこの産乳量がかなり多いことが示されています。ここに放牧酪農の生産コスト低減の要因があります。自給飼料由来の乳量が多いということは飼料給与面における飼料自給率が高いことも示しています。この結果、生産費用の購入飼料費をかなり少なくできるのです。
また、牛乳の需要は夏季に多くなりますので放牧生産は牛乳の需給にも合致しているとも言えます。

(3)放牧草の経済的有利性について
ここで放牧草の生産コストについて少し検討しておきます。通常乳牛に給与されている購入飼料と比較しました。
栄養バランス(TDN/CP)とTDN1kg当たりの価格(コスト)を比較しています。乳牛の栄養は大きく維持養分と産乳養分に区分されますが、これはTDN/CP比(栄養バランス)で表すことができます。日本飼養標準から維持養分のTDN/CP比は6~8、産乳養分は4~5です。このことから判断すると放牧草や良質のグラスサイレージは産乳養分の栄養バランスを備えているといえます。
そしてそのTDN価格(コスト)は安価であり、配合飼料の三分の一程度になっています。自給飼料の経済的優位性が明らかです。この安価でかつ産乳養分の養分を備えている放牧草の利用が放牧経営の飼料費節減に大きく寄与します。この結果、生産費用が低く抑えられ所得の拡大に波及しているのです。

3.どうやったら放牧できるの?
(1)放牧を始める要件
1)放牧の情報収集と検討
牧場に適した牧草、放牧方法、経営収支など、放牧を始める前に十分に情報収集します。放牧酪農家のもとで技術を習得しましょう。
2)土地の入手
飲み水やひ陰場所がある放牧草地を搾乳牛舎の周りに確保できる土地を手に入れます。
3)放牧に適した牛群
乳量より乳成分を重視して、肢蹄が丈夫な牛を導入します。泌乳ピークが高い乳牛は放牧では飼いにくいです。
4)周辺住民の理解と連携
良好な関係を築きましょう。
新規就農者にとって、土地だけでなく牛、牛舎、搾乳施設など多額な資金を準備しなければならないことは大きな負担です。離農酪農家からの牧場の取得や、第三者継承により牧場を引き継ぐ事例が多いです。放牧酪農には様々なタイプがあり、技術習得も必要です。放牧酪農実践農家、普及指導機関などから情報収集を行い、自分の目指したい放牧酪農像を描きましょう。できれば複数の放牧酪農家のもとで技術を習得するのが望ましいです。放牧酪農を実践するには、放牧地と搾乳牛舎の間を牛がスムーズに移動できることが必要です。また、放牧時に利用できる飲み水や暑さや雨風をしのげる場所の確保も必要です。牧場の選定にあたっては、立地条件、草地や施設の配置、草地面積、周辺住民の理解など吟味します。放牧未経験の牛は、無駄に歩き回り、上手に草を食べられません。育成牛を導入して徐々に放牧に慣らすのが理想的ですが、成牛を導入する場合は放牧経験牛を選ぶか、未経験牛の場合は放牧馴致を十分に行います。
放牧畜産牧場の動画紹介((一社)日本草地畜産種子協会)
http://souchi.lin.gr.jp/houboku/grassfarming/
酪農家になりたい(中央酪農会議)
https://dairyfarmer.jp
就農する土地を探したい~農地中間管理機構(農林水産省)
https://www.maff.go.jp/j/keiei/koukai/kikou/nouchibank.html
酪農を学びたい(全酪アカデミー)
https://z-academy.org/
(2)放牧酪農への道
1)土地利用計画の作成
放牧地、採草地、兼用地を割り振る。通路、飲水、ひ陰場所は、牛や作業の動線、水はけ、設置しやすさを考慮します。
2)牧柵設置
牧場の境界線には牛の脱走や野生動物侵入防止の丈夫な外柵を、放牧地内は移動が容易な簡易な電気牧柵を利用します。
3)通路・水飲み場設置
設置場所は降水の流路や土壌崩壊を考慮します。外部へつながる川や池から直接、牛に水を飲ませないようにします。
4)放牧に慣らす・慣れる
牛も人も小面積で短時間から徐々に放牧に慣れましょう。あせらず数年かけて、安定した放牧酪農を目指します。
5)放牧地の植生改善
短草利用、高栄養草種の導入、雑草防除を心がけます。
費用のかかる放牧地の整備は計画的に行います。変更しやすいように移動式の施設や機材の利用を考えます。野生動物の侵入は草地生産性を下げ、家畜防疫上も問題です。通路、水飲み場、出入口は泥濘化しやすく、急傾斜面に設置した牧柵や通路から土壌崩壊が起きることがあります。泌乳量が9000kgを超える牛は放牧では飼いにくいです。草をよく食べ、足腰が強く、乳質・乳量・繁殖成績が安定した牛を残します。草地の植生を改善して、草地からの栄養摂取量を高めます。
集約放牧導入マニュアル(農研機構)
https://www.naro.go.jp/publicity_report/publication/files/syuyaku.pdf
府県型搾乳牛放牧の手引き((一社)日本草地畜産種子協会)
https://souchi.lin.gr.jp/pdf/news20140418.pdf
ⅰ)牧柵
外柵は脱柵、野生動物の侵入を防ぐために十分な強度が必要です。張力を緩めて倒伏させることができるタイプの高張力線は、降雪時や作業機を入れるときに便利です。簡易な電気柵は物理的な強度はなく、電気ショックを嫌う心理柵です。事前に牛に電気柵に慣れさせてから放牧します。また、通電していないことがわかると、簡単に脱柵するので、漏電がないように日頃から確認します。スプリングゲートは長さの異なる出入り口に利用できて便利です。牧区の出入口の場所は牛の移動の労力に大きく影響します。動線をよく考えましょう。





高張力線設置マニュアル(家畜改良センター)
https://www.nlbc.go.jp/miyazaki/denkibokusakusechiriyou/denboku1_4-miyazaki.html
ⅱ)通路・飲水器
泥濘化しやすい通路は,小石の上に十分な厚さの火山灰や山砂を敷き,降雨時に水みちにならないように,草地よりやや高くなるようにします。蹄より大きな間隔のキャトルゲート(テキサスゲート)は車両は通れますが,牛は通過できません。飲水量の不足は採食量や乳量の低下につながります。どの放牧地にいても清潔な水が飲めるように飲水器を配置します。牧場内の川を利用する場合は,下流の汚染を招かないように牛が立ち入らないようにし,配水管で飲水器に供給します。また,止水弁を飲水器につけて周囲の泥濘化を防止しましょう。




ⅲ)ひ陰林・給餌・アブトラップ
乳牛は暑熱に弱いため、放牧地にひ陰場所を設けます。ひ陰林は立木間隔が1.5~2.5m前後、面積4.5~5.0㎡/頭が標準とされています。ひ陰林は、吸血昆虫や風雨からの回避場所としても使われます。アブによる吸血は病気を媒介するだけでなく、大きなストレスとなり採食量の低下を招きます。アブの被害が大きいときは、アブトラップを設置します。簡易な自作タイプもあります。放牧地やパドックで鉱塩や貯蔵牧草を長期間給与する場合は、雨でぬれないよう工夫します。補助飼料を給与する施設の周りは泥濘化対策をするか簡単に移動できるタイプを検討します。




折りたたみ式アブ防除用トラップ(農研機構)
https://www.naro.go.jp/laboratory/tarc/contents/horseflytrap/index.html
(3)放牧草地の利用
放牧酪農では、高栄養の草を効率的に牛に食べさせることが重要です。まず、代表的な放牧方法について、次に高栄養草地について解説します。連続放牧は、転牧の手間や牧柵資材が少なくてすむのですが、草の生産量や被食量の把握が難しいので、初心者は輪換放牧から始めるのがいいでしょう。暑熱の影響や放牧地面積に制限があるときは、夜間放牧や時間制限放牧に切り替えます。消化率の高い草は採食量も高く、栄養摂取量も高まります。短い草丈で利用すると消化率、粗タンパク質含量が高くなります。集約的な放牧利用に向いた高栄養牧草はペレニアルライグラスです。寒地型牧草利用が難しい暖地では、冬作物のイタリアンライグラスで冬から初夏まで放牧を行なっている事例もあります。
1)代表的な放牧方法
・輪換放牧

放牧地を区切って順番に回す。
小牧区:1日1~2牧区利用(集約放牧)
中牧区:1牧区3~5日利用
大牧区:1牧区1週間以上利用
・ストリップ放牧(帯状放牧)

帯状に放牧地を細く区切り、少しずつ牧柵を前進。草の踏み倒しや食べ残しを少なくするために適用する。後ろにも牧柵を張る場合もある。
・連続放牧

1つの放牧地で放牧し続ける。
・先行後追い放牧

搾乳牛を先に放牧し、食べ残した草を乾乳牛など栄養要求量の低い牛に食べさせる。
放牧酪農(マニュアル)▶放牧の方法((一社)日本草地畜産種子協会)
http://souchi.lin.gr.jp/skill/4_3.php
当資料に記載された放牧方式の区分
https://souchi.lin.gr.jp/houboku-guide/lp/lp%ef%bc%97/
2)高栄養草地
放牧地を高栄養草地にするには、短草利用を心がけます。若い状態の草は、消化率、粗タンパク質含量が高く、牛もよく食べます。季節を通じて、短草利用するには、季節によって変化する生産量と牛の採食量の調整が必要です。牧草は春の生産量が盛大なので草が余って伸びすぎることが多く、夏には不足しがちです。そこで、一部の草地は兼用利用し、春に調製したサイレージなどは牧草量が不足する夏や冬季用の飼料にします。また、採食量のピークと牧草生産量のピークが重なるように季節繁殖を行う方法もあります。多くの雑草は採食されますが、棘や有毒物質がある植物は、採食されずに種や地下茎で蔓延するものがあります。これらの雑草は初期防除が重要です。放牧酪農に適した草種は再生力と栄養価が高い、ペレニアルライグラス、メドウフェスク、オーチャードグラスです。地域にあった草種を簡易更新などで計画的に転換します。シロクローバは、イネ科植物に比べて粗タンパク質やミネラル含量が多く、窒素施肥節減もできるので混播するのがいいでしょう。放牧地はふん尿が還元されるので、採草地に比べて施肥量は少なくてすみます。併給飼料が多いと、採食による持出し量に比べてふん尿からの還元量が多くなります。スプリングフラッシュを抑えたい場合は、春の施肥量を少なくします。牧草生産量が低かったり、雑草が繁茂したりする場合は、土壌診断を受けて、施肥設計を見なおしましょう。
高栄養草地.png)
春の放牧草の消化率は85%もある。夏には消化率が落ちるが、短い状態で利用するとサイレージや乾草に比べて高い状態が維持できる。
草地で見られる強害雑草






土地の条件に適した草種と利用法の考え方

(4)放牧家畜の管理
牛舎では餌の給与量と牛が残した量から、どれぐらい牛が食べたかが把握できますが、放牧では牛や放牧地の状態から推定します。また、放牧地、牛舎への往復時、搾乳時に牛をよく観察し、病気や発情を見逃さないようにします。以下にチェックポイントをまとめました。放牧転換時には人も牛も慣れるのに時間がかかります。得られる情報を放牧管理にフィードバックして、自分の経営にあった放牧酪農を目指しましょう。
チェックポイント
1)放牧地
草量・植生・草質、行動観察(採食、休息、反芻、発情、歩行)
2)牛舎
併給飼料の採食量、食いつき、発情、歩行
3)牛の状態
健康状態、ケガ、ボディコンディション、乳量、乳質
4)放牧計画、併給飼料設計
上記の結果を反映する
放牧家畜の管理.png)
放牧草はサイレージ、乾草に比べて、TDN、CP含量が高いです。季節変化が大きいです。併給飼料の量と質を調整し、CPの過剰摂取に注意します。
・水分が多いので、ふんが非常に柔らかくなりますが、元気であれば、心配はありません。
・乳量・乳質から、エネルギー、繊維成分、CP等の過不足を判断します。

放牧家畜の管理_胸が張っているか?-scaled.jpg)
放牧に慣れないうちは、なかなか生草を食べたがらない牛がいます。また牛舎での飼料給与量が多いと、放牧地での採食量は低下します。放牧に慣れた牛は、新しい牧区に入った直後に1~2時間熱心に採食し、満足すると横臥して反芻します。放牧地で牛が休息せず、ずっと採食している、牧柵外に首を出して無理に外の草を食べようとする、脱柵するなどの行動があれば、草量不足のサインです。草が伸びているのに、牛が新しい牧区に入りたがらないときは、草質の低下、暑さの影響をうたがいます。放牧後に草地の草丈が短くなり、次の牧区と明瞭な色の差があり、牛の腹が張っていれば、放牧地で十分に採食している証拠です。
衛生管理は舎飼いと同様に「飼養衛生管理基準」を遵守しましょう。牛のケガ、事故、病気の対策の基本は予防です。放牧開始時期の春は天気が急変することも多く、飼養環境の急変によるストレスもあり、体調を崩しやすいです。徐々に放牧に慣らしましょう。舎飼いに移行するときも飼料の急変は避けます。吸血昆虫が媒介する病気や草の成分に起因する病気など、放牧で注意しなければいけない病気もあります。吸血昆虫対策には、アブトラップの設置、殺ダニ剤や駆虫薬の投与があります。有害植物など危険が拡大しないうちにリスク要因は早めに除去しましょう。日頃から牛の健康状態を把握して、病気の早期発見・早期治療に努めます。
放牧馴致は重要!~何に慣れさせる?~
1)屋外環境:パドックや牛舎に近接した小面積草地で慣らす。
2)生草:生草給与または牛舎に近接した小面積で練習。
3)群飼:群れの順位付けが決定するまで脱柵に注意。公共牧場を利用するときは数頭で預けるのが望ましい。
4)電気牧柵:牛舎やパドックで自然に接触させて覚えさせる。
放牧馴致をした牛は病気にかかりにくく、放牧初期の発育の停滞期間が短く、低下量も小さいです。病気になった牛は春の品質の良い草を十分に食べることができず、回復までに時間がかかります。また、育成時に放牧を経験すると、成牛になったときに放牧草を上手に食べることができます。牧区が狭いときは順位の低い牛は採食が十分できないことがあるので、注意しましょう。
放牧酪農(マニュアル)▶放牧草からの栄養摂取量と補助飼料の給与法((一社)日本草地畜産種子協会)
http://souchi.lin.gr.jp/skill/4_5.php
飼養衛生管理基準(農林水産省)
https://www.maff.go.jp/j/syouan/douei/katiku_yobo/k_shiyou/
牧場管理効率化マニュアル―放牧馴致とマダニ対策編-(農研機構)
https://www.naro.go.jp/publicity_report/publication/files/nilgs-bokujokanri2.pdf
牛を放牧するときの馴致について((一社)日本草地畜産種子協会)
http://souchi.lin.gr.jp/event/pdf/summit06_2.pdf
4.どこに相談したらいいの
(1)放牧をやってみたいと思ったときの相談先
1)農業を始める.JP(全国新規就農相談センター)
職業として農業に興味を持った方、これから農業を始めたい方が、就農に向けて具体的なアクションを起こしていくために必要となる情報を一元的に閲覧できるポータルサイトで、次の6つに分類した情報を提供しています。
「就農を知る」:農業を仕事にするって、どういうことなのか?を理解するための情報です。
「体験する」:畜産は養牛(肉牛飼養)を主に紹介してます。
「相談する」:全国新規就農相談センター、各都道府県の新規就農相談窓口がわかります。
「研修/学ぶ」:農業未経験の方が、農業に関する知識や技術を学ぶ方法がわかります。
「求人情報」:求人情報に触れることができます。
「支援情報」:国や都道府県、市町村の新規就農のための支援情報がわかります。
全体として放牧就農に関する情報は少ないので、放牧に関する情報を得た市町村の就農相談窓口に直接相談するのが良いです。
農業を始める.JP(全国新規就農相談センター)
https://www.be-farmer.jp/
2)就農相談会(新・農業人フェア)への参加
新・農業人フェアは東京、大阪で年に数回開催されます。このフェアには全国の自治体が参加するので、自治体や農業法人と直接話をし、放牧就農の可能性や支援制度や研修制度、農業の働き方、地方への移住などについて情報を得ることが出来ます。
新・農業人フェア(全国新規就農相談センター)
「新・農業人フェア」で検索
3)JAグループの新規就農支援
全国のJAから就農情報、各JAの情報が検索できます。農業を始めたい方向けに、新規就農支援情報を各JA単位でご紹介しています。
新規就農支援(JAグループ)
https://agri.ja-group.jp/support/start
4)都道府県の相談窓口例(北海道)
〇相談窓口
新規就農相談窓口として北海道農業担い手育成センターがあります。同センターは道内各市町村の新規就農相談窓口とつながっており、各市町村の新規就農受入状況、新規就農支援策などの情報を知ることができます。また、実際に体験したい、研修をしたい、就農をしたいなどの要望については、当窓口の就農コーディネーターがメールや面接で対応しております。
北海道で農業を始めるサイト(公益財団法人北海道農業公社 北海道農業担い手育成センター)
https://www.adhokkaido.or.jp/ninaite
〇研修牧場の紹介
放牧酪農で新規就農を目指す希望者に対して、市町村が放牧実践農家を研修牧場に指定あるいは研修牧場を設置して受け入れ体制を整えております。
代表的な研修牧場は以下の通りです。
浜中町就農者研修牧場(JA浜中町)
https://www.ja-hamanaka.or.jp/newfarmer/begin/training.php
新規就農者宿泊研修施設「しべちゃ農楽校」(標茶町担い手育成協議会)
https://shibecha-ninaite.com/training_facilities.html
肉用牛経営
Ⅰ.舎飼いから放牧に転換を考えている方、関係者
1.放牧で経営が成り立つの?
放牧による収益性向上の理由
(1)放牧経営
資源循環型の生産方式であり、生産コスト低減可能な技術のため収益の確保と向上が見込まれます。
(2)牧草の生産効率が高くエサやりの手間削減
放牧では牛が自らエサを探し食べます。従って人が牧草を収穫、貯蔵し給飼する必要がなく、作業中のエサのロスや作業労力が抑えられます。
(3)排せつ物処理が不要
牛は放牧地でふんや尿を排せつするため、牛舎で飼う場合に必要なふん尿処理が要りません。
(4)牛の健康増進
日の当たる草地は牛にとって衛生的で、充分な運動ができるため、健康増進になり受胎率の向上や供用年数の増加が見込まれます。
概要
放牧で経営が成り立つかは核心的事項です。放牧を取り入れることにより作業労働時間や生産費が低く抑えられます。次頁の表に実際に営農されている例を示します。統計値平均と比較して子牛生産1頭当たり作業労働(時間)や子牛生産1頭当たり生産費が大幅に抑えられています。

放牧実践事例-1 岩手県:柏木牧場
雪国でも年中放牧でストレス与えず丈夫な子牛の省力生産を実践(岩手県:柏木牧場)
概要
1.放牧経営に取り組んだ経緯
50 年前から現在の場所で黒毛和種の繁殖経営を継続されています。省力管理には周年親子放牧が最適と考え、低コスト・省力的で十分な収益を実現されています(繁殖牛18頭、育成牛・子牛14頭、放牧地3.6ha、採草地10.0ha、飼料畑:2.0ha、労働力2.2人、草種はオーチャードグラス、トールフェスクなど)
2.経営理念
ストレスを抑え丈夫な子牛の生産を目標に、この地域で続けられる省力的な繁殖経営を目指す
3.特徴
(1)冬季でも自給の乾草ロールやコーンサイレージを給与しながら親子放牧を実施
(2)人工乳や代用乳は使わず、子牛だけが通れる隙間を活用して親子分離柵を設置し、放牧草と母乳以外にも濃厚飼料とコーンサイレージを自由採食させ、子牛増体は良好
(3)スタンチョンは首を痛めストレスになるとして、鼻環はつけず除角もせず、丈夫な子牛の生産を目標


自給の乾草ロールやコーンサイレージを給与しながら冬季にも親子放牧を実施
分娩予定の10日前に牛舎へ入れて分娩、分娩後20日経ったら真冬でも屋外で親子放牧


子牛だけが通れる、親子分離柵を設置。 子牛は母乳と放牧草以外に配合飼料とコーンサイレージを自由採食させる。
放牧実践事例-2 栃木県:瀬尾ファーム
自宅牛舎から離れた複数の耕作放棄地を活用した肉用牛繁殖・肥育一貫経営を実践(栃木県:瀬尾ファーム)
概要
1.放牧経営に取り組んだ経緯
20年ほど前に自衛官を辞め、周りに耕作放棄地の多い実家に黒毛和牛繁殖経営を目指して就農し、原野、畑、山を草地にして頭数を増やして行きました。その後、2019年の台風では河川に隣接する放牧地で牛が流され、土砂で草地が全面埋まるなど大きな被害を受けましたが、地域の協力も得て放牧を再開しています(放牧地:8.1ha、繁殖牛40頭、子牛25頭、肥育牛22頭、労働力2人、草種はオーチャードグラス、トールフェスクなど)。
2.経営理念
放牧で問題に遭遇しても不屈かつ新しいことにチャレンジする精神で、耕作放棄地を活用した省力的な放牧畜産経営を示し、この地域の経済や福祉などに貢献する。
3.特徴
(1)自宅から離れた放牧地で種付け、出産させ周年で親牛、子牛、育成牛を放牧
(2)もてぎ放牧黒毛和牛としてブランド化し、地域の経済や福祉等にも貢献


2006年から耕作放棄地活用し放牧地を徐々に拡大
放牧育ちは長期肥育に耐えられる。
(3)12ヶ月まで放牧し、13ヶ月から肥育で無駄なし
美味しい牛肉作りができる(食肉格付けと肉の美味しさは違う)。
放牧実践事例-3 岩手県:菊池牧場
分散する複数の耕作放棄地を活用した繁殖経営の実践(岩手県:菊池牧場)
概要
1.放牧経営に取り組んだ経緯
20年ほど前に繁殖牛は50頭を舎飼していましたが、地元普及所から放牧を勧められました。自宅周辺の自己有の水田跡地の放牧から徐々に放牧地(オーチャードグラス主体)を拡大し(多くが借地、総面積14ha)、増頭しています。今では「放牧なくして経営は成り立たない」とされています(繁殖牛100頭、牧草地14ha、労働力3.5人、草種はオーチャードグラス、トールフェスク、シロクローバ等)。
2.経営理念
耕作放棄地を活用した省力的な繁殖経営を目指す。
3.特徴
(1)自宅から半径3km範囲に分散する8か所の借地に放牧。
(2)借地は耕種農家の水田跡地で、1か所当たり30a以上のまとまった所を毎年相対契約で借り受け、トラックで2~9頭を運搬配置。
(3)1か所の放牧地にはシーズン中に出し入れしなくてよい妊娠ステージの牛を放牧。放牧中は、人に慣れさせておくため時々一握り程度の配合飼料を手で給与。これにより運搬時の捕獲や乗車時のハンドリングを平易化。

菊池農場の分散した耕作放棄水田を活用した放牧
★は分散する放牧地の位置と放牧頭数
https://souchi.lin.gr.jp/houboku/grassfarming/farm_016.html
放牧実践事例-4 宮崎県:岩田牧場
裏山を切り開き牛に任せた放牧で「安く子牛生産する」をモットーにした繁殖経営の実践(宮崎県岩田牧場)
概要
1.放牧経営に取り組んだ経緯
獣医師として農協等に勤務、55歳定年退職後、父親の肉用牛経営を引き継ぎ、人里離れた地にある耕作放棄林を含む裏山で繁殖牛の放牧経営を本格的に開始されています。繁殖牛20頭、放牧地9.3ha、草種はセンチピードグラス、バヒアグラス、シバ等を使用、昼間放牧、夜間は牛舎飼養しています。
2.経営理念
牛が出来る事は牛に任せ、牛が訴える事を理解する放牧による飼養管理を徹底する。高く売るより安く作る「山岳和牛」を提唱し、限界集落を放牧で蘇らせる。
3.特徴
(1)日之影町の標高約200m地点で自己有地及び借地のスギ林、竹林を自らユンボを操縦して切り開き、放牧地化。
(2)子牛は基本舎飼いであるが、繁殖牛は出産後5日で放牧に戻し、冬季でもイネWCS等補給しながら放牧。
放牧実践事例-5 大分県:(有)富貴茶園
お茶園を営みながら茶園跡地に周年親子放牧、楽して儲ける繁殖経営の実践(大分県(有)富貴茶園)
概要
1.放牧経営に取り組んだ経緯
50代で県のレンタカウ制度により放棄茶園へ黒毛和種妊娠牛を放牧、その成功体験により畜産新規参入を志されました。茶園跡地等を放牧草地(バヒアグラス主体)に自力で造成し、周年親子放牧されています(放牧地22ha(3牧区)、繁殖牛50頭)。
2. 経営理念
出生直後から子牛とスキンシップを図り牛のストレスを抑え、低コスト高収益経営を目指す。
3.特徴
(1)子牛の調教重視により、管理容易で自然離乳でも問題なし。放牧地分娩を実施。
(2)放牧で1年1産、事故率低く、子牛は市場出荷まで親牛と一緒でDGも良好、受胎率や生育に問題はなく、市場価格も平均並み。
(3)放牧畜産を志向する新規参入者も、研修生として積極的に受け入れし、多くの放牧畜産農家を育成。
放牧実践事例-6 大分県:さとう牧場
富貴茶園で学び夫婦で新規就農、周年親子放牧による繁殖経営を実践(大分県さとう牧場)
概要
1.放牧経営に取り組んだ経緯
畜産素人の夫婦が、テレビで見た前掲の(有)富貴茶園永松氏の姿勢に共感し、1年間当場で研修後、新規就農されています。樹園跡地を自力で草地に開拓、補助事業を上手に活用しながら5年で経営確立されています(繁殖牛35頭、放牧地8ha、労働力2人、草種はバヒアグラス等)。
2.経営理念
夫婦で無理なく、楽しい放牧畜産
3.特徴
(1)永松方式を忠実に踏襲し、周年親子放牧を取り入れ放牧地(バヒアグラス、イタリアンライグラス)で分娩。自然離乳で受胎率良好、低事故率。
(2)牛や草地の状況に合わせ、無理なく増頭しつつ放牧地を拡大。夫婦2人で牛に愛情を注ぎながら、放牧畜産を満喫。
さとう牧場の放牧風景



放牧実践事例-7 北海道:春日牧場
寒冷地十勝において親子周年放牧による飼料自給率100%、配合飼料なしの繁殖経営を実践(北海道春日牧場)
概要
1.放牧経営に取り組んだ経緯
繁殖牛50頭、育成牛30頭を全頭、親子周年放牧を行なっています。放牧地は総面積29ha、野草地は8ha、草種はオーチャードグラスやチモシー、クローバなどで飼料自給率100%となっています。第2牧場を設け研修農場にしたいという夢をお持ちです。
2. 経営理念
自然の中で育て「人と牛の信頼関係が健康な牛を育てる」がモットー
3.特徴
(1)放牧で牛を育てるための1番のこだわりは牛との信頼関係を築くこと。
(2)牛の健康に配慮し牛の腹が冷えないように、発酵熱を持った堆肥の上に藁を置いて敷料にし、冬は微温湯(約40℃)を給与。
(3)放牧でストレスなく育てられているため、肥育農家に渡った後も食い負けせずにしっかり育つ、と購買者の高評価。
2.どうやれば放牧ができるの?
放牧に魅力を感じていただけたら、放牧飼養に転換してみてはいかがでしょうか。ただ舎飼飼養から放牧飼養にいきなり全面転換することは避けましょう。牛はもちろん、人も徐々に放牧飼養に慣れる必要があります。まずは放牧飼養へ転換するための要件について確認し、その後に転換手順についてみてみましょう。
放牧転換の要件
(1)放牧地の確保
(2)放牧することへの周辺住民の理解
(3)転換する放牧飼養の体系(種類)

(1)放牧地の確保
まずは放牧できる土地が必要です。牛舎に隣接した自前の採草地等を放牧地に転換できれば、最も望ましいです。自前でなくても他者から購入あるいは借り入れることも考えましょう。放牧地は平坦である必要はありません。傾斜地でも耕作放棄地でも牛舎に近いことは放牧転換を容易にします。牛舎近くでなくても、牛舎から牛の誘導や運搬ができれば問題ありません。個人で放牧できる土地を捜すことが難しければ農地中間管理機構(農地バンク)などJA・市町村の窓口に相談してみましょう。
必要な放牧地の面積は、放牧する頭数、期間、草地の種類によって異なります。1年中屋外で飼養する周年放牧であれば、繁殖牛1頭あたり30aから1ha、夏季中心の季節放牧であれば1頭あたり10-40aあたりが目安となります。

(2)放牧することへの周辺住民の理解
牧草地で自由に草を喰む牛を見られることは、癒やしの風景にもなり得ます。一方で、牛が畜舎外にいることが、臭いや害虫の発生につながるとか、また牧柵の外に逃げ出し周辺の農作物等に危害を加える等の危惧もよく聞かれます。その可能性は皆無ではありませんが、極めて低いものです。周辺住民の方には、機会ある毎に丁寧な説明を心がけましょう。さらに牛を身近に感じてもらえるように放牧を少しずつ広げていくことで、周辺住民の方に、畜産業に対する理解を深めていただけることになります。


(3)転換する放牧飼養の体系
以下に主な放牧体系(種類)を示します。自分に合った放牧飼養体系を目指しましょう。
1) 季節放牧(移動放牧)
妊娠確認した繁殖牛を、夏季を中心に放牧し分娩前には畜舎へ戻す方法が一般的です。分娩前後や種付け、妊娠確定までは畜舎内で飼養します。子牛は畜舎内で飼養するので、放牧できる頭数は季節を考慮すると繁殖牛の半分以下で、一部放牧を取り入れた繁殖経営といえます。
2) 周年放牧
繁殖牛を夏季だけでなく一年中放牧します。冬季は乾草やイネWCS等の補助粗飼料も給与します。分娩前後のみ畜舎で飼養し、子牛が離乳したら親牛だけ放牧地へ戻すパターンになります。
3) 周年親子放牧
分娩前後も含め繁殖牛(親牛)を一年中放牧飼養し、放牧地で分娩させます。分娩後も子牛は出荷まで離乳せずに母牛とともに親子放牧します。分娩も含め子牛の管理は哺乳させる親牛にほとんど任せますので、極めて省力的といえます。
<参照リンク>
周年放牧導入マニュアル(農研機構)
https://www.naro.go.jp/publicity_report/publication/pamphlet/tech-pamph/140413.html
周年親子放牧導入標準作業手順書「山陰地方版」(農研機構)
https://sop.naro.go.jp/document/detail/90
3.放牧を始める手順
放牧地を確保し、放牧に必要な設備を整備し牛の放牧馴致などの準備ができたら放牧開始です。その転換手順についてみてみましょう。最初から全てうまく出来なくても心配いりません。実践しながら必要に応じて独自の改善を加え、やりやすい放牧飼養を目指しましょう。
放牧を始める手順
(1)放牧地の整備と放牧施設の設置
(2)牛の放牧馴致
(3)放牧の開始

<参照リンク>周年親子放牧基本技術導入編(農研機構)
https://www.naro.go.jp/publicity_report/publication/files/2.YRGCC_manual_BasicTech.pdf
(1)放牧地の整備と放牧施設の設置
耕作放棄地など平坦でない場所でも放牧は可能ですが、牛の移動をしやすくするように必要に応じて牧道(牛の行き来する通路)を整備しましょう。まずは放牧牛が逃げ出さないように周囲に牧柵を設置します。また放牧地内には飲水器や補助飼料給与のための飼槽、ひ陰施設、家畜管理を容易にするためのスタンチョン(飼槽に併設)を設置します。放牧地内に複数の牧区を設置する場合は内柵(電気牧柵)で区切ります。詳細は「4.放牧に必要な整備」を参照ください。



<参照リンク>
農地中間管理機構(農林水産省)
https://www.maff.go.jp/j/keiei/koukai/kikou/nouchibank.html
よくわかる移動放牧Q&A(農研機構)
https://www.naro.go.jp/publicity_report/publication/pamphlet/tech-pamph/011196.html
(2)牛の放牧馴致
これまで畜舎内で飼養されていた牛を、いきなり放牧すると環境の変化についていけず、また生草の採食に慣れないことから体調を崩し体重が減少したりします。こうしたことを避けるため放牧に慣らすこと(馴致)が不可欠です。まずは舎飼牛において、事前に生草を与える量を少しずつ増やしながら、また畜舎近くのパドックや周辺放牧地を活用して屋外環境や電気牧柵にも徐々に慣らし、あるいは公共牧場へ預託するなどにより、放牧にも順応できる牛を徐々に増やしていきましょう。


<参照リンク>放牧馴致と呼吸器病などの疾病や日増体量との関係(2003年度成果情報)(農研機構)
https://www.naro.go.jp/project/results/laboratory/nilgs/2003/nilgs03-21.html
(3)放牧の開始
ここまで準備ができたら、放牧開始することができます。恐れずに放牧された牛が落ち着くまで見守りましょう。心配であれば、夜は一時畜舎へ戻し翌朝に放牧再開する等、柔軟に対応することでも構いません。放牧開始当初は、牛は運動量が多くなり体重も減少しますが、数週間で回復していきます。放牧を実践しながら放牧地や放牧家畜の管理を行っていきます。詳細は「5.放牧地や放牧家畜の管理」を参照ください。


4.放牧に必要な設備
放牧地が確保できたら、放牧に必要な設備を整備していきます。以下に主に必要な設備を示します。
放牧に必要な設備
(1)牧柵
(2)飲水設備
(3)給餌・捕獲施設
(4)ひ陰設備
<参照リンク>周年親子放牧基本技術導入編(農研機構)
https://www.naro.go.jp/publicity_report/publication/files/2.YRGCC_manual_BasicTech.pdf
(1)牧柵
まずは放牧牛が逃げ出さないように周囲に牧柵(外柵)を設置します。放牧地の面積や形状により外柵の長さは異なります。牧柵の種類も含め、外柵の資材費を算出する牧柵整備計画支援ツールを活用してもよいでしょう。また、放牧地内を複数の牧区に分割活用する場合は、牧区を区切る牧柵(内柵)も必要となります。必要に応じて牛の移動を容易にする牧道も設置します。

差替え予定

<参照リンク>牧柵整備計画支援ツール(農研機構)
https://www.naro.go.jp/publicity_report/publication/files/3.YRGCC_manual_NewTech.03.pdf
(2)飲水設備
牛は毎日大量の水を飲みますので、必ず放牧地内に飲水器を設置します。各牧区からもアクセスできるように設置すると飲水器は少なくて済みますが、アクセスが遠いようであれば別途飲水器を設置しましょう。また、冬季も含め周年放牧する場合は、特に寒地では飲水が凍らないように不凍水槽を設置します。


<参照リンク>家畜飲水システム(農研機構)
https://www.naro.go.jp/publicity_report/publication/files/3.YRGCC_manual_NewTech.04.pdf
(3)給飼・捕獲施設
放牧地だけで牛が必要とする草の量や栄養を得ることが困難な場合、補助飼料(乾草、配合飼料など)の給与が必要になります。補助飼料を与える時に雨にさらされず泥濘化しないように屋根付きの給餌場が有効です。給餌場にスタンチョンを設置し牛の捕獲や種付け等の管理作業を容易にしている牧場もあります。またロールベールをそのまま給与する場合は、廃棄ロスを少なくする給餌法を心がけましょう。


<参照リンク>ロールベール可搬給餌装置(農研機構)
https://www.naro.go.jp/publicity_report/press/laboratory/carc/006600.html
(4)ひ陰設備
牛は比較的寒さには強いのですが、暑さは苦手です。放牧地(牧区毎)内に林等があればひ陰林として活用しましょう。ひ陰林がない場合は、簡易な屋根付きのひ陰施設を準備します。


よくわかる移動放牧Q&A(農研機構)
https://www.naro.go.jp/publicity_report/publication/pamphlet/tech-pamph/011196.html
5.放牧地や放牧家畜の管理
放牧を実践しながら、放牧草地や放牧家畜の管理を行っていきましょう。
<放牧地と放牧家畜の管理>
(1)放牧地の草地化
(2)牧草の選定と播種
(3)雑草管理
(4)施肥管理
(5)人と放牧家畜との信頼関係
(6)衛生管理

(1)放牧地の草地化
既に牧草がある採草地等では、そのまま放牧地になります。耕作放棄地では、牛が食べるススキやクズ等の野草や雑木が茂っていますので、そのまま1-3年ほど放牧します。その後、どうしても牛が食べない野草やノイバラなどの雑木が残った場合には人手で刈り払います。既存の野草などが食べつくされ裸地が増えてきた段階で、牧草を播種し草地化を図ります。なお、林等があれば、一部を残すことでひ蔭林として活用できます。

(2)牧草の選定と播種
地域(気候帯)によって播種牧草は異なります。牧草作付け計画支援システムを活用してもよいでしょう。東北以北や高標高地帯の寒冷地では寒地型牧草のオーチャードグラス、トールフェスク、ケンタッキーブルーグラスを秋季に、関東以南や低標高地帯の温暖地では暖地型牧草のバヒアグラス、センチピードグラス、シバ等を春季に播種します(これら草種はケンタッキーブルーグラスも含めて土壌保全能力が高いほふく型草種)。放牧中に播種し、放牧牛に踏んでもらうことで牧草は定着できます。農機が入れるようであれば軽くロータリー耕起し、播種後に鎮圧できれば牧草定着率は高まります。
<参照リンク>
牧草作付け計画支援システム(農研機構)
https://www.naro.go.jp/publicity_report/publication/files/3.YRGCC_manual_NewTech.02.pdf

(3)雑草管理
放牧地全体が播種牧草で覆われて、放牧牛によって草高も短く採食利用されていれば、草地管理はほとんど必要ありません。重要なことは牛の食べない雑草の除去です。放牧を続けている内に、ノイバラやワルナスビ、チカラシバ、オオオナモミ、ギシギシ等の雑草が次第にはびこってきます。これらの雑草は初期の防除が最も重要で、見回り時に除去するようにします。牛が食べない見慣れない植物種があれば迷うことなく抜き取っておきます。
放牧地の主要強害雑草






(4)施肥管理
放牧地は採草地と違って、草や補助飼料を食べた牛のふん尿が還元されるため、土壌肥料養分はある程度循環しています。このため放牧頭数に見合ったエサとなる草が十分あり、牛の成育、繁殖成績が順調であれば、施肥は必要ありません。特に野草には施肥の効果が低いため与えません。
草不足に対する対策としては、補助飼料を与えるか、草の生産量を増やす必要があります。前述したように草地化した放牧地では、施肥は草の生産量を上げる効果が高く、一般的には施肥した方が補助飼料を与えるよりコストが抑えられます。従って、コスト、労力の面を考慮し、施肥するとなった場合には、堆肥、土壌改良資材、化成肥料を土壌・飼料分析に基づき施用します。


(5)人と放牧家畜との信頼関係
放牧は給餌や排せつ物処理作業が削減される反面、牛と飼い主との関係が希薄になりがちです。舎飼では、牛に必要なエサや水を飼い主が与えるため、必然的に牛と飼い主との関係は形成されます。放牧環境下では牛は自らエサや水を求め自由になるため、飼い主と放牧牛の距離が遠くなりやすく、人工授精など必要時に捕獲することが難しくなります。さらに現地分娩された子牛は、親牛以上に管理が困難になりやすいものです。そこで放牧牛管理のために、数日に1回配合飼料をほんの少し給与するだけで放牧牛を集めやすくなります。声かけやスキンシップを行いながら頭数や発情等の個体確認を行います。特に現地分娩された子牛は、生まれた直後からスキンシップを図ることでその後の管理が容易となります。この辺りの牛の扱いは実際に放牧を行いながら体得できるものです。


(6)衛生管理
放牧地では小型ピロプラズマ症や地方病性牛伝染性リンパ腫(旧:牛白血病)の疾病に注意します。これらはダニやアブ等の害虫が媒介することから、必要に応じて放牧牛体に薬剤を塗布し、アブトラップを設置します。他にも放牧で起きやすい病気があります。放牧地におけるぬかるみ対策や異物の除去、害虫対策に努めましょう。異常がみられればすぐに治療しましょう。


<参照リンク>
折りたたみ式アブ防除用トラップ(農研機構)
https://www.naro.go.jp/laboratory/tarc/contents/horseflytrap/index.html
放牧馴致とマダニ対策(農研機構)
https://www.naro.go.jp/publicity_report/publication/pamphlet/tech-pamph/074180.html
放牧の部屋(農林水産省)
https://www.maff.go.jp/j/chikusan/sinko/shiryo/houboku/houboku.html
農水省 飼養衛生管理基準(農林水産省)
6.公共牧場の利用
(1)公共牧場とは
公共牧場は、畜産農家の労働負担を軽くしたり不足する飼料基盤を補うため、地方公共団体や農協等が、畜産農家の飼養する乳用牛や肉用牛を一定期間預かり、放牧等を通じて農家に代わってそれらの飼養管理を行う牧場です。中には長期間受胎しない牛を放牧を活用して不妊改善を専門にする牧場(リハビリ牧場)もあります。全国で682か所あります(2022年、総面積80,709ha、全国牧草地面積の13.6%)。
(2) サービス内容
夏季預託だけでなく、周年預託したり、また子牛を初生から育てたり人工授精や受精卵移植による繁殖管理なども請け負う多様なサービスを提供する牧場も存在します。
(3) その他の効果
公共牧場は広大な牧草地を有し国土の有効活用となっており、また国内の自給飼料基盤に立脚した足腰の強い畜産経営の実現につながります。

<参照リンク>公共牧場・放牧をめぐる情勢(農林水産省)
https://www.maff.go.jp/j/chikusan/sinko/lin/l_siryo/attach/pdf/index-1277.pdf
7.放牧畜産に関する相談先
とりあえずの相談先(まずは)
(一社)日本草地畜産種子協会 草地畜産部
(電話:03-3251-6501 FAX:03-3251-6507)
メール:相談専用アドレス:info@souchi.lin.gr.jp
へご相談ください。
相談先
まずは(一社)日本草地畜産種子協会 草地畜産部担当にご相談下さい。
<参照リンク>(一社)日本草地畜産種子協会
放牧に関する具体的な器具器材や、技術的な事に関しては 資材等を取り扱う民間企業等でも相談は可能ですし、HP等で関連情報は入手可能です。
肉用牛経営
Ⅱ.新規就農者
1.放牧の魅力とは
(1)家畜が活き活きとし健康的
放牧された家畜は自由に動き回ることができ、自ら欲するエサを好きなだけ腹一杯に食べることができます。アニマルウェルフェア(家畜福祉)にも合致します。
(2)家畜がふんや尿を草地に排せつし資源循環型の畜産
ふんや尿で肥えた土が草を育み、それを家畜が食べてまた排せつします。このように土-草-家畜間における資源循環に基づく畜産になります。
(3)低コスト、軽労化を実現
放牧では牛にできることを牛に任せるため、牧草の収穫、給飼、排せつ物処理と圃場散布に関わる作業が大幅に抑えられ、家畜生産費と労働時間が削減でき、さらに生活にゆとりを生み出します。
放牧畜産は、牛に出来ることは全て任せ資源循環を基本とし、人にも環境にも優しく、飼料自給率が高く、アニマルウェルフェアに優れ、人類全体の目標である SDGsに貢献できる畜産です。また日本で問題となっている耕作放棄地の放牧活用が可能なほか、景観や農村の維持、食育の場として多様な役割を担っています。
2.放牧で経営が成り立つの?
放牧による収益性向上の理由
(1)放牧経営
資源循環型の生産方式であり、生産コスト低減可能な技術のため収益の確保と向上が見込まれます。
(2)牧草の生産効率が高くエサやりの手間削減
放牧では牛が自らエサを探し食べます。従って人が牧草を収穫、貯蔵し給飼する必要がなく、作業中のエサのロスや作業労力が抑えられます。
(3)排せつ物処理が不要
牛は放牧地でふんや尿を排せつするため、牛舎で飼う場合に必要なふん尿処理が要りません。
(4)牛の健康増進
日の当たる草地は牛にとって衛生的で、充分な運動ができるため、健康増進になり受胎率の向上や供用年数の増加が見込まれます。
概要
放牧で経営が成り立つかが核心的事項ですが、放牧を取り入れることにより作業労働時間や生産費が低く抑えられます。表に実際に営農されている例を示します。統計値平均と比較して子牛生産1頭当たり作業労働(時間)や子牛生産1頭当たり生産費が大幅に抑えられています。

新規就農者実例ーさとう牧場(大分県豊後高田市)
(1)永松方式踏襲の周年親子放牧での新規就農
夫婦で(有)富貴茶園で研修後、樹園地跡に就農。新規就農支援金受給の5年間で経営確立(繁殖雌牛25頭、放牧地8ha)。
(2)夫婦で無理なく、楽しい放牧畜産
朝夕の給餌・確認作業が中心で1日5時間程度の労働時間。
(3)低コストで健全経営
1年1産、自然離乳で低い事故率。着実に増頭、面積拡大。
<参照リンク>永松方式放牧畜産って何?((一社)日本草地畜産種子協会)
https://souchi.lin.gr.jp/houboku/grassfarming/farm_007.html
概要
畜産素人の夫婦が、TVで見た(有)富貴茶園永松氏の姿勢に共感、1年間当場で研修後新規就農。樹園跡地を自力で開拓、補助事業を上手に活用しながら5年で経営確立。
夫人が人工授精師資格取得。
永松方式を忠実に踏襲。周年親子放牧を採用し放牧地(バヒアグラス、イタリアンライグラス)で分娩、自然離乳方式。自力施工の連動スタンチョンで朝夕補助飼料給与(冬季は購入イネWCS給与)。受胎率良好で低事故率。
牛や草地の状況に合わせ、無理なく増頭しつつ放牧地を拡大。夫婦2人で牛に愛情を注ぎながら、放牧畜産を満喫。




3.どうやれば放牧ができるの?
(1)放牧で牛飼い始めてみませんか
放牧に魅力を感じていただけたら、放牧で牛飼いを始めてみませんか。まずは放牧飼養で牛飼いになる要件について確認し、その後に実際に始める手順についてみてみましょう。
放牧で牛飼いになる要件
1)放牧飼養の実践体験
2)営農地(放牧地)の確保
3)関係機関との連携と周辺地域の合意形成
4)目指す放牧飼養の体系(種類)

<参照リンク>周年親子放牧基本技術導入編(農研機構)
https://www.naro.go.jp/publicity_report/publication/files/2.YRGCC_manual_BasicTech.pdf
1)放牧飼養の実践体験
動物(牛)が好きであることが大前提となりますが、まずは牛飼いとして牛に慣れ、畜産経営を学ぶためにも、放牧飼養されている農家等で研修することがお薦めです。研修を通じて、放牧飼養における日頃の作業(家畜管理や草地管理)を体験し、やれるかどうかの判断をしましょう。可能であれば半年から1年ほど研修すると経営の流れも把握できます。研修先を選定するにあっては、JA・市町村の窓口でも相談可能です。また、日本草地畜産種子協会に間に合わせいただければ放牧実践牧場など紹介できます。

2)放牧地の確保
まずは放牧地が必要です。離農する牧場等から貸与あるいは譲渡いただければ牛舎もあって取り組み易いかもしれません。なお、周年放牧であれば従来の大きな畜舎は必要ありません。また放牧地なので平坦である必要はありません。傾斜地でも耕作放棄地でも放牧飼養は可能です。個人で探すことが難しければ農業改良普及センター、農地中間管理機構(農地バンク)やJA・市町村の窓口に相談してみましょう。
必要な放牧地の面積は、放牧する頭数、期間、草の種類によって異なります。1年中屋外で飼養する周年放牧であれば繁殖牛1頭当たり30aから1ha、夏季中心の季節放牧であれば1頭当たり10aから40aほどが目安となります。

3)関係機関との連携と周辺地域の合意形成
放牧を始めるにあたっては、関係機関との連携や地域の理解や協力が必要です。あらかじめ農業改良普及センター、JAや市町村、関係機関にも相談しておきましょう。また周辺住民の方にも、丁寧な説明を心がけましょう。牛を身近に感じていただける放牧を少しずつ広げていくことで、周辺住民の方に畜産業に対する理解を深めていただける機会にもつながります。周辺住民との信頼関係を構築できれば、問題がおきても対応が容易となります。


4)目指す放牧飼養の体系
放牧飼養といっても、どの牛をどれくらいの期間放牧するかで体系が異なります。以下に主な放牧体系(種類)を示しますが、これに限らず自分に合った放牧飼養体系を目指しましょう。
ⅰ) 季節放牧(移動放牧)
妊娠確認した繁殖牛を夏季を中心に放牧し、分娩前には畜舎へ戻す方法が一般的です。分娩前後や種付け妊娠確定までは畜舎内で飼養しますので、放牧できる頭数は繁殖牛の半分程度となります。また子牛も畜舎内で飼養します。このような飼養形態が放牧を取り入れた繁殖経営では一般的ですので、畜舎も必要となります。


ⅱ) 周年放牧
繁殖牛を夏季だけでなく一年中放牧します。冬季は乾草やWCS等の補助粗飼料も給与します。分娩前後のみ畜舎で飼い、子牛が離乳したら親牛だけ放牧地へ戻すパターンが多いようです。これも畜舎が必要です。
ⅲ) 周年親子放牧
分娩前後も含め繁殖牛(親牛)を一年中放牧飼養し、放牧地内で現地分娩させます。分娩後も子牛は出荷まで離乳せずに母牛とともに親子放牧します。分娩も含め子牛の管理は哺乳させる親牛にほとんど任せますので、極めて省力的といえます。従来のような畜舎を必要とせず、放牧地に簡易な施設があればよいので、特に暖地における新規就農者にお薦めです。
<参照リンク>
周年親子放牧導入マニュアル(農研機構)
https://www.naro.go.jp/publicity_report/publication/pamphlet/tech-pamph/140413.html
周年親子放牧導入標準作業手順書「山陰地方版」(農研機構)
https://sop.naro.go.jp/document/detail/90
(2)放牧を始める手順
放牧地を確保後、放牧に必要な設備を整備し、放牧する牛の馴致が完了するなど準備できたら放牧開始です。その転換手順についてみてみましょう。最初から全てうまく出来なくても心配いりません。実践しながら必要に応じて独自の改善を加え、やりやすい放牧飼養を目指しましょう。
放牧を始める手順
1)放牧地の整備と放牧施設の設置
2)牛の購入と放牧馴致
3)放牧の開始

<参照リンク>周年親子放牧基本技術導入編(農研機構)
https://www.naro.go.jp/publicity_report/publication/files/2.YRGCC_manual_BasicTech.pdf
1)放牧地の整備と放牧施設の設置
傾斜地でも耕作放棄地でも放牧飼養は可能ですが、牛の移動が容易になるように必要に応じて牧道(牛が行き来する通路)を整備しましょう。まずは放牧牛が逃げ出さないように周囲に牧柵を設置します。また放牧地内には飲水器や補助飼料給与のための飼槽、ひ陰施設、家畜管理を容易にするためのスタンチョン(飼槽に併設)を設置します。放牧地内に複数の牧区を設置する場合は内柵(電気牧柵)で区切ります。詳細は「放牧に必要な設備」を参照ください。



<参照リンク>
農地中間管理機構(農林水産省)
https://www.maff.go.jp/j/keiei/koukai/kikou/nouchibank.html
よくわかる移動放牧Q&A(農研機構)
https://www.naro.go.jp/publicity_report/publication/pamphlet/tech-pamph/011196.html
2)牛の購入と放牧馴致
まず繁殖牛を家畜市場で購入し、放牧親牛を確保します。市場で販売されている繁殖牛の多くは舎飼牛であり、いきなり放牧されると環境の変化についていけず、また青草の採食に慣れないことから、体調を壊し体重が減少したりします。こうしたことを避けるために、まずは補助飼料を給与しながら、屋外環境や青草に徐々に慣らしましょう(放牧馴致といいます)。また研修先等の牧場から放牧経験牛を譲り受けることできれば、放牧開始が容易です。


3)放牧の開始
ここまで準備ができたら、放牧開始することができます。恐れずに放牧された牛が落ち着くまで見守りましょう。牛は人が思うよりずっと賢い動物です。放牧開始当初は、牛は運動量が多くなり体重も減少しますが、数週間で回復していきます。放牧を実践しながら放牧地や放牧家畜の管理を行っていきます。詳細は「放牧草地や放牧家畜の管理」を参照ください。


(3)放牧に必要な設備
放牧地が確保できたら、放牧に必要な設備を整備していきます。以下に主に必要な設備を示します。
放牧に必要な設備
1)牧柵
2)飲水設備
3)給餌・捕獲施設
4)ひ陰設備

<参照リンク>周年親子放牧基本技術導入編(農研機構)
https://www.naro.go.jp/publicity_report/publication/files/2.YRGCC_manual_BasicTech.pdf
1)牧柵
まずは放牧牛が逃げ出さないように周囲に牧柵(外柵)を設置します。放牧地の面積や形状により外柵の長さは異なります。牧柵の種類も含め、外柵の資材費を算出する牧柵整備計画支援ツールを活用してもよいでしょう。また、放牧地内を複数の牧区に分割活用する場合は、牧区を区切る牧柵(内柵)も必要となります。必要に応じて転牧を容易にする牧道も設置します。

差替え予定

<参照リンク>牧柵整備計画支援ツール(農研機構)
https://www.naro.go.jp/publicity_report/publication/files/3.YRGCC_manual_NewTech.03.pdf
2)飲水設備
牛は毎日大量の水を飲みますので、必ず放牧地内に飲水器を設置します。各牧区からもアクセスできるように設置すると飲水器は少なくて済みますが、アクセスが遠いようであれば別途飲水器を設置しましょう。また、冬季も含め周年放牧する場合は、特に寒冷地では飲水が凍らないように不凍水槽を設置します。


<参照リンク>家畜飲水システム(農研機構)
https://www.naro.go.jp/publicity_report/publication/files/3.YRGCC_manual_NewTech.04.pdf
3)給餌・捕獲施設
放牧地だけで牛が必要とする草の量や栄養を得ることが困難な場合、補助飼料(乾草、配合飼料など)の給与が必要になります。補助飼料を与える時に雨にさらされず泥濘化しないように屋根付きの給餌場が有効です。給餌場にスタンチョンを設置し牛の捕獲や種付け等の管理作業を容易にしている牧場もあります。またロールベールをそのまま給与する場合は、廃棄ロスが少なくする給餌法を心がけましょう。


<参照リンク>ロールベール可搬給餌装置(農研機構)
https://www.naro.go.jp/publicity_report/press/laboratory/carc/006600.html
4)ひ陰設備
牛は比較的寒さには強いのですが、暑さは苦手です。放牧地(牧区毎)内に林等があればひ陰林として活用しましょう。ひ陰林がない場合は、簡易な屋根付きのひ陰施設を準備します。


<参照リンク>よくわかる移動放牧Q&A(農研機構)
https://www.naro.go.jp/publicity_report/publication/pamphlet/tech-pamph/011196.html
(4)放牧地や放牧家畜の管理
放牧を実践しながら、放牧草地や放牧家畜の管理を行っていきましょう。
<放牧地と放牧家畜の管理>
1)放牧地の草地化
2)牧草の選定と播種
3)雑草管理
4)施肥管理
5)人と放牧家畜との信頼関係
6)衛生管理

1)放牧地の草地化
既に牧草がある採草地等では、そのまま放牧地になります。耕作放棄地では、牛が食べるススキやクズ等の野草や雑木が茂っていますので、そのまま1-3年ほど放牧します。その後、どうしても牛が食べない野草やノイバラなどの雑木が残った場合には人手で刈り払います。既存の野草などが食べつくされ裸地が増えてきた段階で、牧草播種し草地化を図ります。なお、林等があれば、一部を残すことでひ蔭林として活用できます。

2)牧草の選定と播種
地域(気候帯)によって播種牧草は異なります。牧草作付け計画支援システムを活用してもよいでしょう。東北以北や高標高地帯の寒冷地では寒地型牧草のオーチャードグラス、トールフェスク、ケンタッキーブルーグラスを秋季に、関東以南や低標高地帯の温暖地では暖地型牧草のバヒアグラス、センチピードグラス、シバ等を春季に播種します。バヒアグラス、センチピードグラス、シバ、ケンタッキーグラスは土壌保全能力が高いほふく型草種で傾斜地に適しています。放牧中に播種し、放牧牛に踏んでもらうことで牧草は定着できます。農機が入れるようであれば軽くロータリー耕起し、播種後に鎮圧できれば牧草定着率は高まります。
<参照リンク>
牧草作付け計画支援システム(農研機構)
https://www.naro.go.jp/publicity_report/publication/files/3.YRGCC_manual_NewTech.02.pdf

3)雑草管理
放牧地全体が播種牧草で覆われて、放牧牛によって草高も短く採食利用されていれば、草地管理はほとんど必要ありません。重要なことは牛の食べない雑草の除去です。放牧を続けている内に、ノイバラやワルナスビ、チカラシバ、オオオナモミ、ギシギシ等の雑草が次第にはびこってきます。これらの雑草は初期の防除が最も重要で、見回り時に除去するようにします。牛が食べない見慣れない植物種があれば、迷うことなく抜き取っておきます。
放牧地の主要強害雑草



4)施肥管理
放牧地は採草地と違って、草や補助飼料を食べた牛のふん尿が還元されるため、土壌肥料養分はある程度循環しています。このため放牧頭数に見合ったエサとなる草が十分あり、牛の成育、繁殖成績が順調であれば、施肥は必要ありません。
草不足に対する対策としては、補助飼料を与えるか、草の生産量を増やす必要があります。前述したように草地化した放牧地では、施肥は草の生産量を上げる効果が高く、一般的には施肥した方が補助飼料を与えるよりコストが抑えられます。従って、コスト、労力の面を考慮し、施肥するとなった場合には、堆肥、土壌改良資材、化成肥料を土壌・飼料分析に基づき施用します。なお、野草には施肥の効果が低いため与えません。


5)人と放牧家畜との信頼関係
放牧は給餌や排せつ物処理作業が削減される反面、牛と飼い主との関係が希薄になりがちです。舎飼では、牛に必要なエサや水を飼い主が与えるため、必然的に牛と飼い主との関係は形成されます。放牧環境下では牛は自らエサや水を求め自由になるため、飼い主と放牧牛の距離が遠くなりやすく、人工授精など必要時に捕獲することが難しくなります。さらに現地分娩された子牛は、親牛以上に管理が困難になりやすいものです。そこで放牧牛管理のために、数日に1回配合飼料をほんの少し給与するだけで放牧牛を集めやすくなります。声かけやスキンシップを行いながら頭数や発情等の個体確認を行います。特に現地分娩された子牛は、生まれた直後からスキンシップを図ることでその後の管理が容易となります。この辺りのテクニックは実際に放牧する中で体得できるものです。


(5)衛生管理
放牧地では小型ピロプラズマ症や地方病性牛伝染性リンパ腫(旧:牛白血病)の疾病に注意します。これらはダニやアブ等の害虫が媒介することから、必要に応じて放牧牛体に薬剤を塗布し、アブトラップを設置します。他にも放牧で起きやすい病気があります。放牧地におけるぬかるみ対策や異物の除去、害虫対策につとめましょう。異常がみられればすぐに治療しましょう。


<参照リンク>
折りたたみ式アブ防除用トラップ
https://www.naro.go.jp/laboratory/tarc/contents/horseflytrap/index.html
放牧馴致とマダニ対策(農研機構)
https://www.naro.go.jp/publicity_report/publication/pamphlet/tech-pamph/074180.html
放牧の部屋(農林水産省)
https://www.maff.go.jp/j/chikusan/sinko/shiryo/houboku/houboku.html
飼養衛生管理基準(農林水産省)
4.放牧畜産に関する相談先
とりあえずの相談先(まずは)
(一社)日本草地畜産種子協会 草地畜産部
(電話:03-3251-6501 FAX:03-3251-6507)
メール:相談専用アドレス:info@souchi.lin.gr.jp
へご相談ください。
相談先
まずは(一社)日本草地畜産種子協会 草地畜産部担当にご相談下さい。
<参照リンク>(一社)日本草地畜産種子協会
放牧に関する具体的な器具器材や、技術的な事に関しては 資材等を取り扱う民間企業等でも相談は可能ですし、HP等で関連情報は入手可能です。
消費者の皆さま
1.放牧の良さ
国内飼料資源の有効利用、環境や家畜へのメリット、SDGsの実現
(1)国内飼料資源の有効利用
国内の飼料資源を活用した輸入飼料への依存度を抑える牛の飼い方です。
(2)環境へのメリット
放牧では牛が草を食べ、その場でふんや尿を排せつするため、エサの収穫・運搬やふん尿の処理等に使う機械も必要ありません。排出されるCO₂量が削減され、また労働が軽減されます。さら に、放牧地は炭素蓄積、土壌保全、保水機能を有しています。
(3)動物へのメリット
牛は放牧地で自由に動き回ることで足腰が鍛えられ、生産期間の延長や分娩事故の減少につながります。またアニマルウェルフェア(家畜福祉)にも適しています。
(4)消費者としてのメリット
生物多様性やSDGs実現への手段となり、牛にも環境にも優しい畜産業といえます。また特徴ある乳肉の生産物が得られます。
概要
日本の飼料自給率(2022年度)は26%で、飼料全体の3/4を輸入飼料に頼っています。このため、放牧に加えて飼料用のイネ、トウモロコシなど、国産飼料を利用する家畜の飼養は乳肉の安定生産に重要です。
放牧では牛が自由に動き回り放牧草を食べて、ふん尿を排せつします。このため牛にエサを与えることや、牛舎に溜まったふん尿を回収・処理する必要がありません。そのため、これらの機械が不要になり、機械に必要な燃料とその燃料から排出されるCO₂量の削減につながります。さらに放牧の割合が増えて、海外からの飼料の輸入が減れば、輸送燃料の削減にもつながります。これらによりSDGs(持続的な開発目標)の達成に向けても寄与するところが多くあります。
放牧牛は広い草地を動き回り足腰が鍛えられます。これにより、例えば繁殖牛の分娩事故リスクが減り、供用年数が延長するなど、飼い主だけでなく牛にとってもメリットがあります。また、放牧は、家畜が自由に動きまわれるなどアニマルウェルフェアにも優れています。さらに放牧で飼養された牛からは、ビタミンA、E、共役リノール酸などの機能性成分を多く含む乳肉が生産されます。既に、放牧による特徴ある風味を生かした牛乳、チーズやバターが生産されています。
日本では土地を放っておくと木本類が侵入しますが、放牧により草原状態が維持されます。そこには、草原でしか育つことのできない草花やその草花等に依存している昆虫類などが生き残り、生物多様性が維持されます。さらに広大な草地は、気持ちのいい景観を提供します。
以上のように、放牧には様々なメリットを有しています。
<参照リンク>
★畜産とSDGs(農畜産業振興機構)
・https://www.alic.go.jp/joho-c/joho05_001290.html
★持続可能な肉用牛生産((一社)全国肉用牛振興基金協会)
・https://nbafa.or.jp/sustainable/outline.html
★アニマルウェルフェア(農林水産省)
・https://www.maff.go.jp/j/chikusan/sinko/230726.html
★特徴ある乳製品(農研機構、(一社)日本草地畜産種子協会)
・https://www.naro.affrc.go.jp/archive/nilgs/kenkyukai/files/jikyushiryoriyo_2010pdf_05.pdf
・https://souchi.lin.gr.jp/ninsho/pdf/kinou002.pdf
★放牧で仕上げた日本短角種の肉質(農研機構)
・https://www.naro.affrc.go.jp/org/tarc/seika/jyouhou/H16/to04044.html
2.日本における放牧の現状
(1)経営内放牧(個人所有の土地での放牧)
牛舎に隣接する放牧地
耕作放棄地(水田、畑、桑園、果樹園、茶園、林地、竹林などの跡地)など
(2)公共牧場
全国に設置されています。次項の公共牧場って何?も参照ください。
概要
放牧は個人の放牧地(経営内)や公共牧場で行われています。2022年の放牧頭数をみると、酪農では、全国の飼養頭数の約17%の22.9万頭、肉用牛(繁殖)では、全国の約14%の9.0万頭、となっています。 地域別では草地面積の広い北海道では経営内放牧が、都府県では公共牧場での放牧が多くなっています。北海道の酪農でも放牧主体の経営は5~10%を占める程度です。しかし、新規就農者は、牛に出来ることは牛に任せるという持続的で所得率の高い放牧経営を目指す傾向にあり、経営継承などの方法で就農しています。また、世代代わりを機に舎飼中心の経営から放牧経営に転換する経営体も現われてきています。
3.公共牧場ってなに?
(1)公共牧場
畜産農家から牛を預かって、農家の代わりに飼ってくれる牛の保育園のような場所です。主に都道府県や市町村、農協などにより運営されています。
(2)預かる(預託)牛の種類や期間
まだ乳を出していない若い乳牛(育成牛)やお腹に子牛のいるお母さん牛(肉用繁殖牛)やお母さんになる牛などが預けられています。さらに種付け(繁殖管理)を農家に代わって請け負ってくれる牧場もあります。預かってもらえる期間は、放牧できる春~夏が多いですが、1年中預かってくれる牧場もあります。
(3)預託以外の機能
牛を放牧することで、草原としての景観を維持しています。さらに牧場によっては、畜産の学習の場や家畜とのふれあいの場などが提供されています。
概要
公共牧場は、畜産農家の労働負担を軽くしたり不足する飼料基盤を補うため、地方公共団体や農協等が、畜産農家の飼養する乳用牛や肉用牛を一定期間預かり、放牧等を通じて農家に代わってそれらの飼養管理を行う牧場です。中には長期間受胎しない牛を放牧を活用して不妊改善を専門にする牧場(リハビリ牧場)もあります。
公共牧場は全国で682か所(2022年)あり、全国の牧草地面積の14%を占めています。公共牧場を利用する牛の頭数割合は、乳用牛で16%(83,000頭)、肉用牛で5%(42,000頭)となっています。放牧を主体にして牛を飼っており、日本の重要な自給飼料の生産基盤を担っています。牧場で牛を預かる期間は、基本的に牧草が生育し、放牧ができる夏期間に限られることが多いですが、農家からの要望に応じて通年で預けられる牧場もあります。

https://www.maff.go.jp/j/chikusan/sinko/lin/l_siryo/attach/pdf/index-1277.pdf
4.酪農を体験するには
酪農に触れるには
(1)観光牧場・ふれあい牧場
搾乳、バター作りなどの体験ができるところもあります。
(2)酪農教育ファーム
学校や教育現場と連携して食、農業、命について酪農を通して学びます。
(3)農泊・ファームステイ
地域の牧場に滞在して、酪農に触れることができます。
概要
全国には、食事や製品を購入するだけでなく、搾乳、えさやりなど家畜にふれる体験ができる牧場もあります。また、教育として学校と連携して、生徒を受け入れている牧場もあります。特に、公共牧場の中には、預託以外の機能として、家畜や緑資源と人々のふれあいの場を積極的に提供する牧場もあり、「ふれあい牧場」と称して現在、全国で20か所の公共牧場が「ふれあい牧場協議会」を構成しています。牛乳も牛肉も親牛が子牛を生むことによって生産されます。命のリレーで成り立っている産業です。畜産のことを理解することは、畜産農家を応援する一歩です。ただし、牧場には防疫上の問題から、人の出入りが制限されている区域があります。人と牛の両方の安全、健康を守るために、決められたルールを守りましょう。これらの牧場を訪れる際は見学ができるか調べてから行くようにしましょう。


<参照リンク>
★ふれあい牧場協議会((一社)日本草地畜産種子協会)
・http://souchi.lin.gr.jp/association_info/2.php
★ふれあい牧場((一社)日本草地畜産種子協会)
5.放牧畜産物はどこで買えるの?
(1)ネットで購入
WebサイトやSNSで調べて直接購入するのが、最も早く確実です。ただし現状は「放牧」の定義はそれぞれです。
(2)放牧畜産基準認証制度
(一社)日本草地畜産種子協会の放牧畜産基準認証制度に基づき認証した放牧畜産関連商品については、認証マーク付きで一般販売されています。
(3)放牧酪農乳製品フェア
(一社)日本草地畜産種子協会が主催している「放牧酪農乳製品フェア」もその一つで、放牧畜産基準認証を受けた牧場の畜産物が購入できます。各地で開催される関連イベントでも購入可能です。
<参照リンク>
★放牧畜産基準認証制度((一社)日本草地畜産種子協会)
・http://souchi.lin.gr.jp/ninsho/index.html
★放牧酪農乳製品フェアの開催((一社)日本草地畜産種子協会)
6.放牧酪農牛乳生産基準及び放牧酪農乳製品生産基準の認証工房の紹介
放牧酪農を実践している経営が放牧酪農牛乳生産基準及び放牧酪農乳製品生産基準の認証を取得して自ら生産物を加工し販売している工房や乳業メーカーがあります。大手の乳業会社としては、放牧牛乳加工販売に10年以上の歴史のあるよつ葉乳業(北海道音更町、十勝主管工場)が関東、関西圏の消費者組織「よつ葉会」(よつ葉牛乳を飲む会)に産直提供しています。これは残念ながら消費者グループのみへの提供です。
個人経営の工房をいくつか以下に紹介します。
(1)しあわせチーズ工房(本間幸雄氏)
この工房は北海道足寄町にある個人経営です。町内の放牧畜産実践牧場認証の「ありがとう牧場」(吉川元氏)から主として牛乳を購入してチーズを加工して販売しています。10年を超える歴史があり、チーズコンクールにおいていくつかの受賞歴のある工房です。放牧酪農乳製品生産基準認証工房です。




(2)あすなろファーミング(村上悦弘氏)
当工房は十勝地域の清水町にある村上牧場産牛乳を加工販売しています。当牧場は放牧畜産実践牧場認証に加え、有機飼料生産をはじめアニマルウエルフェア認証やJGAP認証、農場HACCPなど多くの認証牧場です。工房では放牧酪農牛乳や多種類の乳製品が生産され販売されています。この工房の歴史は古く、すでに30年以上であり現在2代目です。広く全国展開しています。放牧酪農牛乳生産基準及び放牧酪農乳製品生産基準の認証の工房です。
販売は牛乳と各種の乳製品(バター、ヨーグルト、ソフトクリーム、チーズ)




(3)ユートピア アグリカルチャー
札幌市の菓子メーカー(きのとや)が直営の放牧畜産実践牧場の牛乳を加工し販売しているものです。当会社はかねてより直営の採卵農場を運営しており、菓子の原料に利用しておりました。7年ほど前に日高管内の離農した牧場を取得し、同時に放牧飼養に転換して放牧畜産実践牧場認証を取得しました。札幌市内に新たに店舗兼工房を新設して放牧酪農牛乳生産基準及び放牧酪農乳製品生産基準の認証を受けています。牛乳とヨーグルトを製造して販売しています。




学生の皆さま
1.放牧のよさ
国内飼料資源の有効利用、環境や家畜へのメリット、SDGsの実現
(1)国内飼料資源の有効利用
国内の飼料資源を活用した、輸入飼料への依存度を抑える牛の飼い方です。
(2)環境へのメリット
放牧では牛が草を食べ、その場でふんや尿を排せつするため、飼料の収穫・運搬やふん尿の処理等に使う機械も必要ありません。排出されるCO₂量が削減され、また労働が軽減されます。さらに、放牧地は炭素蓄積、土壌保全、保水機能を有しています。
(3)動物へのメリット
牛は放牧地で自由に動き回ることで足腰が鍛えられ、生産期間の延長や分娩事故の減少につながります。またアニマルウェルフェア(家畜福祉)にも適しています。
(4)消費者としてのメリット
生物多様性やSDGs実現への手段となり、牛にも環境にも優しい畜産業といえます。また特徴ある乳肉の生産物が得られます。
概要
飼料を輸入に頼っていると、円安や輸入飼料の不作は酪農家の経営を直撃します。放牧、飼料イネ、飼料用トウモロコシなどの国産飼料を積極的に利用した生産は畜産物の安定生産に重要です。また、自由な行動がとれる放牧にはアニマルウェルフェアに優れ、放牧により病気が減少し、長く牛を飼うことができ牛の健康の面からも利点があります。さらに、放牧では飼料の給与、ふん尿処理、牧草収穫作業等の機械が不要でCO₂の排出も抑えられます。土・草・牛の資源循環が安定的な生産に重要と考える放牧農家が多いです。永年草地は炭素蓄積量が多いことや、水保全に重要な役割を果たしていることが明らかになっています。草地には特有の植物や動物が生息していますが、放牧を止めてしまうとそれらは消えてしまいます。さらに、機能性成分など特徴的な成分も牛乳や牛肉に含まれます。ただ、放牧酪農の農家は少なく、「放牧牛乳」はまだ珍しい存在です。そんな中、特徴的な風味を生かしたチーズやバターを生産している牧場が増えつつあります。放牧で生産された牛肉は穀物飼料を多給した牛肉と異なりサシ(脂肪交雑)が入りにくく、現状では取引価格が低くなってしまうので、一般市場に出回ることは少ないです。しかし、放牧肥育牛の認証を取得した北里大学八雲牧場では、地域と連携して放牧と自給飼料100%で生産した肉用牛を「北里八雲牛」として生産しています。
2.アニマルウェルフェアとは
アニマルウェルフェアの原則(5つの自由)
(1)飢えと渇きからの自由
草量は十分ありますか? 新鮮な飲み水がありますか?
(2)不快からの自由
暑さ、寒さをしのげる場所はありますか?
草地や通路はぬかるんでないですか?
(3)痛み・負傷・病気からの自由
放牧地に危ない場所はありませんか?
病気対策はしていますか?
(4)恐怖や苦悩からの自由
他の牛にいじめられていませんか?
丁寧に牛を扱っていますか?
(5)本来の行動をとれる自由
異常行動はでていませんか?
アニマルウェルフェアの観点からも、放牧は自由に動き回れ、本来の生態に近い飼育環境にあるため、望ましい飼い方です。
3.放牧畜産物の特徴
(1)生草に由来する成分
β-カロテン(ビタミンA)、ビタミンE、共役リノール酸(CLA)
n-3系多価不飽和脂肪酸
(2)香気成分
草っぽい香り
(3)色調
β-カロテンが多いと乳や肉の脂肪が黄色へ。肉は脂肪が少なく赤身へ
(4)運動に由来する成分
肉中にカルニチン、ユビキノン、カルノシン、クレアチニンが増加
概要
生草にはサイレージ、乾草に比べてβ-カロテン、ビタミンE、不飽和脂肪酸が多く含まれています。放牧では生草に由来する成分が牛乳や牛肉中に多く含まれます。共役リノール酸(CLA)は放牧が終了するとすぐに減少しますが、β-カロテン、ビタミンEはゆっくり減少します。β-カロテンが多いと牛乳、乳製品、牛肉が黄色くなります。また、草っぽい(グラッシーな)香り成分も増えます。牛肉のサシ(脂肪交雑)は濃厚飼料多給で増えますが、草主体で飼養した牛肉はサシが少なく赤身になります。
一般の牛乳でも夏には乳脂肪が低くなるなど季節変化をしますが、放牧では乳成分の変化が大きくなりやすいです。
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放牧と粗飼料を多給した畜産物の特徴(日本草地畜産種子協会)
https://souchi.lin.gr.jp/skill/pdf/grassseed020.pdf
4.日本における放牧の現状
(1)経営内放牧
個人所有の土地での放牧
(2)耕作放棄地
水田、畑、桑園、果樹園、茶園、林地、竹林などの跡地など
(3)公共牧場
全国に設置されています。次項の公共牧場ってなに?も参照ください。
令和4年度における放牧頭数(概算値、万頭)は以下の通りです。

乳用牛(酪農)では、全国の飼養頭数の約17%、肉用牛(繁殖)では、全国の約14%が放牧されています。都府県では放牧されている牛の割合は非常に少ないです。乳用牛の放牧は都府県では公共牧場で育成牛を放牧するのが一般的です。北海道で搾乳牛を放牧主体で飼養する経営は全体の5~10%で家族経営が多く、平均乳量は6,000~8,000kgです。最近は新規就農で放牧を目指す傾向があります。肉用牛の放牧は繁殖牛の放牧が主流です。繁殖牛は搾乳牛や育成牛に比べて高い栄養を必要としないので、野草地でも飼うことができます。耕作放棄地の解消として繁殖牛を飼うことが勧められています。経営内放牧については酪農、肉用牛の実例を参考にしてください。
5.公共牧場ってなに?
(1)公共牧場
畜産農家から牛を預かって、農家の代わりに飼ってくれる牛の保育園のような場所です。主に都道府県や市町村、農協などにより運営されています。
(2)預かる牛の種類や期間
まだ乳を出していない若い乳用牛(育成牛)やお腹に子牛のいるお母さん牛(肉用繁殖牛)やお母さんになる牛などが預けられています。さらに種付け(繁殖管理)を農家に代わって請け負ってくれる牧場もあります。預かってもらえる期間は、放牧できる春~夏が多いですが、1年中預かってくれる牧場もあります。
(3)預託以外の機能
牛を放牧することで、草原としての景観を維持しています。さらに牧場によっては、畜産の学習の場や家畜とのふれあいの場などが提供されています。
概要
公共牧場は、畜産農家の労働負担を軽くしたり不足する飼料基盤を補うため、地方公共団体や農協等が、畜産農家の飼養する乳用牛や肉用牛を一定期間預かり、放牧等を通じて農家に代わってそれらの飼養管理を行う牧場です。中には長期間受胎しない牛を放牧を活用して不妊改善を専門にする牧場(リハビリ牧場)もあります。
公共牧場は全国で682か所(2022年)あり、全国の牧草地面積の14%を占めています。公共牧場を利用する牛の頭数割合は、乳用牛で16%(83,000頭)、肉用牛で5%(42,000頭)となっています。放牧を主体にして牛を飼っており、日本の重要な自給飼料の生産基盤を担っています。牧場で牛を預かる期間は、基本的に牧草が生育し、放牧ができる夏期間に限られることが多いですが、農家からの要望に応じて通年で預けられる牧場もあります。

6.さまざまな放牧技術
(1)日本で放牧なんてできるの?
もちろんです。放牧は広大な放牧地だけでなく、日本に多い山間・中山間の傾斜地や、水田や畑跡地などの狭い土地、耕作放棄地でもできます。
(2)日本に適した放牧技術
広大な放牧地ではもちろん、傾斜地などの条件の悪い場所や、水田跡などの狭い土地、それぞれで効率よく放牧するための技術が確立されています。
(3)気候や条件にあった牧草や飼料作物
海外から導入された牧草ですが、日本の気候や湿潤な土地条件などに適したさまざまな品種が育種されています。
1)乳用牛に用いられる放牧技術
①集約放牧
短期輪換放牧で高栄養の草を効率利用することにより、草地と家畜の生産性を高めます。肉用牛の育成や肥育にも適用できます。
②府県型放牧
放牧の依存度は低いですが、高栄養草地の放牧により家畜の健康維持と飼料費節減を図ります。
③山地酪農
土壌保全効果の高い草種を用いて、山間地で酪農を行います。
概要
乳製品が主要輸出品目であるニュージーランドでは、放牧だけの低コストで年間乳量4,000kg/頭ほどの生産を行なっています。日本では、放牧酪農はまだ多くありませんが、ニュージーランドと同程度の土地生産性があることが実証され、多様な放牧技術が展開されています。北海道の集約放牧では、良質な牧草を効率的に利用することを基本としながら、濃厚飼料も補助給与して高い個体乳量を得ています。府県型放牧では、草地面積が十分にない条件で集約放牧を取り入れて、放牧の利点を活かしています。また、南の温暖な地域ではイタリアンライグラス等で冬季にも放牧を活かしています。輪換放牧や採草が難しい山間地では、連続放牧で牛が広い草地を回遊して草から牛乳を生産してます。
2)肉用牛に用いられる放牧技術
①耕作放棄地放牧
耕作放棄地を利用する放牧です。
②水田放牧
水田を利用する放牧です。牧草種子をまいて草地化して放牧するほか、飼料イネを立毛状態で放牧利用することもあります。
③小規模移動放牧
点在する小規模な放牧地に牛を移動させながら順々に放牧します。
④親子放牧
ほ乳子牛を母牛につけたまま放牧します。
概要
全国的に増加する耕作放棄地の対策として、肉用繁殖牛による放牧利用が勧められています。肉用繁殖牛は野草でも十分に飼うことができますが、野草は放牧を続けると次第に消えていくので、その後は牧草による草地化が必要です。水田での放牧には、稲を収穫した後のひこばえ利用や、イタリアンライグラスなどの冬作物を利用する水田裏放牧があります。多くの耕作放棄地や水田があっても、地続きの広い放牧地にできない場合、牛を移動しながら複数の狭い農地を放牧する技術を小規模移動放牧といいます。肉用繁殖牛は、離乳・妊娠鑑定が終わってから分娩2ヶ月前まで放牧するのが一般的ですが、子牛をつけたまま一緒に放牧する親子放牧もあります。この利点として親牛を長く放牧でき、子牛の下痢も少ないなどの利点があります。ただし、離乳後も出荷まで子牛を放牧する場合は、子牛は放牧だけでは成育が劣るので、別飼いやクリープフィーディングで濃厚飼料などを給与します。冬季も放牧が可能な温暖地では、分娩も放牧地で行い、一年中、繁殖牛を放牧飼養する周年親子放牧がされています。


3)共通の放牧技術
ⅰ)輪換放牧
放牧地を区切って順番に放牧する方法です。草地を帯状に細く区切った輪換放牧をストリップ(帯状)放牧と呼びます。小規模移動放牧も輪換放牧の一種です。
ⅱ)連続放牧
草地を区切らずに放牧する方法です。放牧頭数を変えない場合を定置放牧(固定放牧)といいます。

放牧地を区切って順番に回す

1つの放牧地で放牧し続ける

耕作放棄地などの点在する小区画の放牧地を、
牛を移動させながら利用する。

帯状に放牧地を細く区切り、少しずつ牧柵を前進。草の踏み倒しや食べ残しを少なくするために適用する。後ろにも牧柵を張る場合もある。
ⅲ)冬季放牧
雪の少ない関東以西や寒地型牧草の利用が難しい暖地で冬作物を使って放牧します。牧草地を秋以降利用せずに立毛状態でおいたASP草地(Autumn Saved Pasture)を帯状放牧で少しずつ利用する場合もあります
ⅳ)周年放牧
温暖地で一年中放牧します。
ⅴ)昼間放牧
放牧初期に放牧に慣れさせる時や放牧面積が十分になく放牧地の植生を維持したいときなど、昼間だけ放牧します。
ⅵ)夜間放牧
夏など昼間の暑熱を避けるために夜間放牧します。
ⅶ)先行後追い放牧
栄養要求量が違う2つの牛群を用いて、先に搾乳牛、育成牛などの高い栄養が必要な牛を放牧し、その後に乾乳牛などを放牧して、草地の利用率を高める方法です。

7.放牧に関わる仕事
(1)新規就農
自身で放牧を取り入れた畜産業を始める
(2)酪農ヘルパー等(新規就農を目指すことも可能)
放牧している牧場で仕事を補助するヘルパーとして働く
(3)牧場職員
従業員を雇用している、大型牧場や公共牧場への就職
(4)獣医師、人工授精師、削蹄師
獣医師等、牛の健康を守るなど、放牧で牛を飼う人を支える仕事
(5)国、県など畜産に関わる公務員等
畜産職職員として働く
概要
放牧に携わる仕事がしたい!と思った方は、どんな職場を想像したでしょうか?多くの方は、自分で放牧を取り入れた畜産業を営むことを想像したのではないでしょうか?実際にはその他にも放牧に携わる仕事に就く方法があります。別の項目でも紹介している通り、日本には多くの公共牧場があります。そして、この公共牧場の職員は牧場職員として雇用されている場合も多くあります。また、公共牧場ではなくても従業員を募集している一般の牧場もあります。
また将来、自分で酪農や肉用牛経営したい場合には、放牧に取り組んでいる牧場で酪農・肉用牛ヘルパーとして働くことで、放牧に限らず、畜産業を営む上で必要な技術や情報を得ることもできます。
さらに自身で放牧を行うだけでなく、国や都道府県等の地方公共団体の畜産関係職員や、獣医師、人工授精師など、放牧で牛を飼養する人を支える仕事もあります。
<参考リンク>
・自分で牧場を始めよう!新規就農について
https://www.souya.pref.hokkaido.lg.jp/ss/num/shinki_syuno_story/step.html(北海道宗谷地域の新規就農HP)
・酪農ヘルパーとして放牧に関わりたい
http://d-helper.lin.gr.jp/(酪農ヘルパー全国協会)
・放牧を支える仕事、削蹄師ってなんだろう?
https://farriers.or.jp/(日本装削蹄協会)

・その他
https://www.agri-navi.com/?utm_source=agrinavi&utm_medium=banner&utm_campaign=gafsa (アグリナビ)

https://nbafa.or.jp/helper-business.html(肉用牛ヘルパー組織)
8.もっと放牧を知るために
放牧に関する情報を得よう
(1)放牧を学ぼう
放牧を知るには、まず家畜の管理と草地の管理を学ぶ必要が有ります。さらに放牧の方法は、放牧を実施する場所の土地条件などに合わせて様々な技術がマニュアル化されています。
(2)実際に放牧に触れてみよう
農協や各牧場によっては、インターンシップや研修を受け入れていますので、実際に放牧の現場を体験することもできます。
(3)放牧認証ってなんだろう?
(一社)日本草地畜産種子協会の放牧畜産基準認証制度に基づき認証した放牧畜産関連商品については、認証マーク付きで一般販売されています。
概要
放牧は、土(畑)で、牧草を育て、牛を飼います。そのため、牧草地の管理(草地管理)と放牧牛の管理(家畜管理)の2つの面から学ぶことが大切です。さらに放牧を導入する場所や頭数の規模などに応じて、多様な技術が開発されマニュアル化されているので、これらを参考に自分の理想とする牧場の考案することもできます。
またインターンシップや研修を受け入れている牧場や、そういった場所を紹介してくれる組織もあります。実際に放牧の現場で働き、放牧について知識を増やすことができます。
家畜管理、草地管理の基礎を学ぶには、以下の資料や情報が有効です。なお、ここで紹介したもの以外にも公的機関から多くのマニュアル等が刊行されています。
1)草地管理指標シリーズ((一社)日本草地畜産種子協会)
1)-1草地の管理作業及び草地の採草利用編-
1)-2草地の放牧利用編-、-放牧牛の管理編-
1)-3草地の多面的機能編-
1)-4草地の土壌管理および施肥編-
2)草地開発整備事業-計画設計基準(農林水産省畜産局)
3)技術情報(各種リンク)
3)-1日本型放牧の普及に向けて((一社)日本草地畜産種子協会)
https://souchi.lin.gr.jp/skill/pdf/diffusion_of_Japanese-grazing.pdf
3)-2肉用牛の周年放牧の勧め((一社)日本草地畜産種子協会)
https://souchi.lin.gr.jp/skill/pdf/parent-child_grazing_of_beef-cattle.pdf
3)-3肉用牛繁殖牛の草地での周年飼養((一社)日本草地畜産種子協会)
https://souchi.lin.gr.jp/pdf/news20110825-3.pdf
3)-4強害雑草防除マニュアル2016(北海道版)((一社)日本草地畜産種子協会)
https://souchi.lin.gr.jp/skill/pdf/2016_weed-control_hokkaido.pdf
3)-5シバ草地の造成と利用マニュアル((一社)日本草地畜産種子協会)
https://souchi.lin.gr.jp/skill/5.php#report200503-02
3)-6耕作放棄地等低未利用地の放牧地造成・利用マニュアル((一社)日本草地畜産種子協会)
https://souchi.lin.gr.jp/skill/5.php#report200803
3)-7公共牧場機能強化マニュアル((一社)日本草地畜産種子協会)
https://souchi.lin.gr.jp/skill/4.5.php
3)-8集約放牧導入マニュアル(農研機構)
https://www.naro.go.jp/publicity_report/publication/files/syuyaku.pdf
3)-9府県型搾乳牛の手引き((一社)日本草地畜産種子協会)
http://souchi.lin.gr.jp/pdf/news20140418.pdf






