フリーストール経営におけるTMR給与から放牧への転換事例(北海道滝上町 平石牧場)
1 経営の概要
平石牧場は、フリーストール・パーラーシステムにより経産牛160頭規模の酪農を営んでいます。2013年当時はグラスサイレージ、コーンサイレージを粗飼料基盤とし、飼料給与はTMR給与方式で、糞尿処理は
堆肥化方式をとっていました。当時は労働加重が課題となっており、放牧転換に試み6年かけて、放牧方法の骨格ができ省力化と低コスト生産を実現しました(表1,2)。
その経過をたどることで、フリーストール経営における放牧導入のポイントを整理しました。

兼用地は1番草収穫後の7月以降に放牧利用します。

2 放牧方法の概要
(1)放牧区分
○放牧期間:4月20日~10月31日で、昼夜放牧としています。
○輪換方法:牧区数は6区、育成専用1区、乾乳専用1区、搾乳牛用は4区からなり、1日1牧区で輪換、1牧区平均面積は15.1 ha、搾乳牛用の1牧区平均放牧頭数は約130頭です。
(2)放牧実施上の創意工夫
○放牧開始の1ヵ月は馴致を兼ね日中放牧とし、気温が30℃以上になる日やアブがうるさい日は夜間放牧にします。
○土壌分析に基づき放牧地の施肥は堆肥の施用のみです。糞尿は2ヵ月に1回切返しを行い完熟したものを、採草地、放牧地全面積に毎年施用しています。敷料はバーク主体でしたが今は麦稈主体です。
3 放牧導入の経過
(1)放牧転換の動機
2013年当時の経営は、家族3人と雇用1人計4人の労働力で、飼料給与はTMR給与方式でしたが毎日の労働がきつく、何とか省力化をし、ゆとりを持ちたいと考えていました。
その年、道東中標津町の放牧農家M牧場を訪れる機会があり、短い草もあれば長い草もある放牧地を見て、また、鶏を飼い、チーズづくりをするなど農場全体にゆとり感があることに驚きました。
2011年に別海町で開催された放牧現地セミナーで、経産牛140頭の放牧経営があることを知り、我が家の経営でも放牧ができると考えました。
(2)取組の経過
取組を始めて、3年間は思うように牛が放牧草を食ってくれないことに悪戦苦闘し、先輩の放牧農家を視察し助言を得るなどしました。TMRの残飼が増え放牧草を食うようになった4年目以降1年に1kgずつ配合飼料の量を減らしていきました(引き算が出来るようになりました)(表3)。

(3)放牧に係る投資
電牧施設、牧道等導入経過の中でかかった費用は8年間で約2,300万です。2017年に、約130頭の搾乳牛が1日に朝、夕2回合わせて4回通る牧道は、牛舎の出入口から40mをコンクリート舗装とするなど本格的な整備を実施しました(表4)。
牧道の基本仕様は両側に側溝を掘り、既存の表土を取除き切込砂利を20cm敷き、牡蠣ガラを10cm以上の厚さに敷きます。牧道の所々に排水のための横断管を施設します。切込砂利を入れるところまで業者に外注し、牡蠣ガラは自力施工としました。牡蠣ガラは水産加工業の産業廃棄物であり安価に調達してます。

4 放牧導入の成果と放牧転換の留意点
(1)疾病の減少
平石農場が放牧を開始して、はじめに感じたことは疾病の減少だといいます。発生しても重篤な症状が減少しました。
主要な疾病について疾病別除籍牛頭数の推移を見ると、2019年以降肢蹄病、消化器病、起立不能による除籍頭数は減少しており、その結果は牛群の供用平均産次数に現われました(図1)。
(2)牛群の生産、繁殖、供用産次の推移
放牧開始後の牛群検定成績の変化をみると、濃厚飼料の給与量の減少に伴い個体乳量は徐々に低下するなか、乳成分についてみると無脂固形分率の低下がみられるものの、乳脂率、乳蛋白率については変りません(表5)。
種付回数は一時期2.4回と高い時期もありますが2.0~2.3回の範囲に有り、空胎日数は120日以内と適正に推移しています。供用産次数は徐々に伸び、2022年は3.4産と全道平均の2.5産を上回っています。


(3)労働時間(乳牛飼養、粗飼料生産)の減少
平石農場の労働力は4人(うち家族3人)です。放牧導入前後の総労働時間を比較すると、総労働時間は8,780時間と20%減少しました。そのうち家族労働時間は2311時間と16%減少しました。
労働時間の内訳を見ると、大きく減少したのはTMR
調製・給与、除糞他が4,380時間と34%減少しました。
次に牧草・コーン栽培・収穫がコーンの作付減やサイレージ調製量の減により31%減少、搾乳時間は20%減少しています。
一方で、放牧牛の誘導・放牧地管理の時間が529時間増加しましたが、堆肥の切返し作業の時間が生れました。

(4)経産牛1頭当たり生産コスト
参考値と比較すると、経産牛1頭当たり生産乳量は6,974kgと低いですが、購入飼料費189,161円、自給飼料費39,816円と低く、償却費も低いです。また、授精回数2.0回、分娩間隔13.5ヵ月と繁殖成績も適正で、供用産次数は3.5産と北海道平均に比べ長く、その結果100kg当たり生産原価は7,065円と低く、高い酪農部門所得率に寄与しています。

(5)フリーストール経営における放牧転換の留意点
1)先進的な放牧農家をよく見て、助言を得ること
放牧方法にはいくつかのタイプがあるので、放牧取組み事例を見ること、そして、自分に合った目標となるタイプを見つけることです。季節によって放牧地の顔は変るので1シーズン複数回同じ放牧農家を継続的に見ることも大切です。
2)牛が放牧になれ、人間も慣れるまで待つこと
平石氏は放牧に慣れるのに牛も人も含め3年間かかったと言います。3年間は購入飼料費の減少等効果が見えませんが、疾病が減るなど牛の健康状態に効果は現われます。
3)電牧設置、牧道の整備等の投資
放牧は低コストの飼養方式ですが、その成果が経営収支に現われるまで時間がかかります。放牧設備や通路の整備はまとまった費用が必要となるので、計画的に段階的に進めます。
4)放牧適草種の追播
多くは採草地を放牧地に転換することなりますが、牛が好んで食べるペレニアルライグラスなど地域に合
った優良草種を追播や簡易更新で導入します。
また、土壌分析を行い、ほ場のpHや養分バランスを確かめ土壌改良を同時に行います。
5)土づくり
放牧地は施肥をせず放牧牛の糞尿のみによる循環タイプが多いですが、土壌の分析や草の伸び具合を見なが
ら、草勢の悪いところなどピンポイントで堆肥や尿を散布するのが有効です。
6)猛暑対策
1日の最高気温が30℃を超える日が連続して続くことも珍しくなくなってきています。日中は舎飼いにし
て、夜間放牧にするなどの対応が必要で、日中に給与する補助粗飼料を確保をしておきます。
