放牧転換事例1 繋ぎ飼い経営における放牧への転換事例(北海道天塩町 高原牧場)
1経営の概要
高原牧場は経産牛40頭規模の繋ぎ飼い牛舎で経産牛43頭、総頭数70頭を飼養しています。家族労働は3人で、弟が従業員として加わっています。実家の酪農経営を再建するために平成19年にUターン就農し、放牧に取組み、放牧方法を模索する中、小牧区制の放牧技術を習得する機会に恵まれ、3年間で経営成果を出すことに成功しました。放牧導入、放牧方法の転換の経過をたどり放牧導入のポイントを整理しました。


2放牧方法の概要
(1)放牧区分
○放牧期間:4月28日~11月18日で、昼夜放牧としています。
○輪換方法:専用地は夜間牧区15牧区、日中牧区16牧区、兼用地11牧区あり最大42牧区を輪換します。
1牧区面積は牧区の生産量に応じて0.5~0.9haになります。1区当たり平均放牧頭数は約40頭です。
兼用地は1番草収穫後の7月以降に放牧利用します。
(2)放牧実施上の創意工夫
○放牧開始及び終牧の7~10日間は日中放牧とし馴致期間を設けています。草の伸び方に応じてトッピング(捨て刈り)を行い、常に短草の状態を保つようにしています。
○GPSを活用し放牧地面積を正確に把握し、牧区面積を決めます。ライジングプレートメーター(以下RPM)を活用し、各牧区の草量を1週間に1度測定し、生産力を把握し、それに応じて転牧の順番や1牧区当たり面積を設定します。
3放牧導入の経緯
(1)放牧転換の動機
○実家の酪農経営が台風で牛舎が損壊するなど厳しい状態を知り、借金がいくらあるかも知らずにUターン就農しました。JAとの経営継続の相談では「やめておけ」と言われました。
○酪農に関する知識、技術はほとんどなく、毎週のようにJA、農業改良普及センターに通い酪農の基礎を貪欲に学びました。経営を再建するには新たな投資はできず放牧の道しかありませんでした。
(2)取組の経緯
はじめに全道のレジェンドと呼ばれる放牧農家を視察して歩きました。どの牧場も完成された姿であり、いつかこのような放牧をやりたいという目標ができました。
放牧資材メーカーの助言や先進放牧農家を見聞きしながら、自分なりの独自の方法で放牧をはじめました。経営収支の中で投資に回せるお金はなく、町内の造園業のアルバイトを3年間行い放牧資材費を稼ぎだしました。
平成26年ニュージーランド・北海道酪農協力プロジェクトに参加する機会に恵まれ、このことが放牧技術を改善する転機となり、3年間で経営収支が大きく改善されました。

(3)放牧プロジェクトで新たに取組んだ放牧技術
1)放牧地の草量の把握
RPMを活用することで、牧区ごとの生産量の把握が可能となり、それに応じて牧区面積を設定します。
1週間 に1度全牧区を測定し、入牧前後でも測定を行いました。
2)小牧区に再編成
専用地10区、兼用地4牧区を帯牧日数2,3日で輪換するという放牧から、さらに牧区を再分割し搾乳ごとに
転牧する1日2牧区輪換としました。
3)放牧開始時期を早める
スプリングラッシュによる不食地割合の増加を抑制します。
4)トッピングの実施
早めのトッピング(捨て刈り)により、常に短草の状態を保ちます。
5)放牧草不足時に補助粗飼料給与
秋口に入り放牧草が不足する牧区には、放牧地にサイレージフィーダーでラップサイーレージを筋状に
散布します。
6)採草地は30~40cmの草丈で収穫
ほとんどがオーチャード主体草地なので、春は草の葉先を伸ばして30~40cmの高さ
(生育ステージは穂ばらみ期から出穂期)になったら刈取を始め、2,3番草も40~45日の
生育日数で刈り取ります。
7)濃厚飼料を減らす
給与量を減らすと同時に、給与内容を見直しました。
(4)放牧に係る投資
1)牧道の整備
山砂利、岩盤、アスファルトをいたもの等を40cmの厚さに、その上に砂を10cm以上敷きました。山砂利は自家の山に有り、中山間事業も活用する事で資材費は安価に済みました。施は父親との自力施工でした(表4)。
2)電牧の施設
電柱の廃材が我が家に有り、近隣の農家から譲ってもらうなどして、牧柵に使用しました。その他の資材は電牧資材メーカーから購入し、施工は同メーカーの指導や近隣の放牧農家の協力をもらいながら自力で行いました。
3)ペレニアルライグラスの追播
もともとはオーチャードグラス主体の草地であったため、当地域の放牧適草種であるペレニアルライグラスとシロクローバを全面積に追播し植生の改良を行いました。放牧導入にかかる資材費の自己負担の総額は、プロジェクト実施時の土壌改良資材代を含めて1,558千円でした。

4放牧導入の成果と放牧転換の留意点
(1)放牧地の草量把握
1週間に一度のRPMの測定により、牧区によって生育が異なること、また牧区毎の生産量を感覚ではなく数値で把握することができました(図1)。これら数値をもとに、適正な放牧圧となる牧区面積の設定や
牧区の入牧順番を決めるのに役だち
ました。
また、自分の足で草地を歩くことで、植生の変化や採食状況など放牧地の変化がよくわかるようになりました。
(2)冬期貯蔵資料の栄養価の向上
牧草の適期刈取を実施したことで、ラップサイレージの乾物中NDF含量は、平成27年には平均67.3%でしたが平成29年には51.1%と低下し、牛の食い込みの良い粗飼料を確保することにつながり、舎飼期間の生乳の生産効率が上がりました。
(3)経営成果について
Uターン就農後、経営改善の第一歩は放牧地を作ることから始まり、さらに平成26年にニュージーランド・北海道酪農協力プロジェクトの参加により放牧技術が大きく改善されました。
同プロジェクト最終年の平成29年は、乳飼比が経産牛は28.3%から10.7%、飼料費全体が28.4%から11.3%と大きく低下し、1kg当たり生乳生産原価は87円から72円と15円低下しました。生乳の販売価格が上がったこともあり、経産牛1頭当たり酪農部門所得は193千円から284千円に上がり、所得率は27.6%から37.7%と10%向上しました(表5)。
令和4年は飼料費高騰の影響を受け、経産牛1頭当たり購入飼料費は69千円から100千円と44%上がっております。また、高原牧場は機械装備が古く更新が必要であったため、諸機械導入後は償却費が196千円と約30千円上がりました。このため、生乳1kg当たり生産原価は95.7円と23.7円上がり、経産牛1頭当たり所得額は130千円、所得率は14.7%と低下しました。しかし、自給飼料生産乳量は4,230kgと17%アップし、乳飼比は経産牛12.8%、飼料費全体で15.9%と低く抑えられており、放牧の有利性が経営収支に現われています。


(4)繋ぎ経営における放牧転換の留意点
1)放牧地の草量把握
放牧地に草はどれくらいあるのか、また牛はどれだけ放牧草を食べたのかを把握することは重要です。牛が食うように草を引きちぎって草量を量ったという農家もいます。
RPMはカウンター値から草種に応じた回帰式を用い放牧地の乾物収量を測定する器具で、指導機関の指導など受け使用してみることをお薦めします。
2)牧道の補修
一度整備しても、毎日の牛の歩行により凹凸ができ、ほおっておくとそろばん道路状になり、乳頭が汚れ乳房炎の原因となります。牧道の補修資材をあらかじめ保管しておき適宜補修をします。
3)放牧適草種の追播
多くは採草地を放牧地に転換することになりますが、牛が好んで食べるペレニアルライグラスなど地域に合った優良草種を追播や簡易更新で導入します。また、土壌分析を行いほ場のpHや養分バランスを確かめ土壌改良を同時に行います。
4)土づくり
放牧地は施肥をせず放牧牛の糞尿のみによる養分循環タイプが多いですが、土壌分析や草の伸び具合を見ながら、草勢の悪いところなどにピンポイントで堆肥や尿を散布することが有効です。
5)猛暑対策
1日の最高気温が30℃を超える日が連続して続くことも珍しくなくなってきています。庇陰林のあることが理想ですが、ない場合は日中を舎飼いにして、夜間放牧にするなどの対応が必要です。この時、日中の牛舎内の暑熱対策にも留意します。日中に給与する補助粗飼料は最も品質の良いものを確保しておき給与します。
