乳利用の起源にはさまざまな説がありますが,エジプト文明や古代メソポタミアの遺跡や神殿に,乳を利用していたことを物語る壁画や絵などが発見されているので,それ以前の新石器時代に,牛,羊,山羊の家畜化が進んだ中近東あたりで乳の利用がはじまったと考えられています。また,神話や伝説の中に,乳・乳製品に関する記述があることが,乳を重要な食料として位置付けている民族が,世界に多く存在していることを示しています。たとえば,ギリシャ神話の中には,ゼウスが雌山羊の乳で養育されたという話がありますし,旧約聖書では,乳と蜂蜜は憧れの食料として取り扱われています。中でも有名なのは,仏教の開祖である釈迦が悟りを開いたとき,乳粥で修行中の体力を回復したというエピソードです。
次の図は,15世紀ごろの世界における狩猟農耕の概況です。この図でアメリカ大陸に乳しぼりをする地域がないのは,ヨーロッパからの移民が牛を連れて入植するまで乳利用がなかったからです。
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乳しぼりの分布と狩猟採集民

資料 石毛直道著『東アジアの食の文化』−食の文化シンポジウム81− |
乳は細菌に汚染されて腐敗しやすいため,保存するための加工技術が必要となりました。中でも最も古い歴史を持つものは発酵乳への加工です。乳の中の乳酸菌によって乳糖が乳酸をつくり,その乳酸がたんぱく質を固まらせると同時に,腐敗菌の発育が抑制されます。これが発酵乳で,どろどろと凝固したものを集めたものがヨーグルトのはじまりと考えられます。生乳を加熱せずにそのまま乳酸発酵させることができたのは,ヨーロッパ,ロシア,モンゴル,東アジア高原などの気温の低い地域です。
搾乳後の生乳を静かに置いておくと,表面に脂肪分の多いクリームが浮いてきます。このクリームをかき回して,乳脂肪の固まりを集めたものがバターです。この製法は気温の高い地域ではできないため,ヨーロッパを中心として寒冷な地域に発達しました。
チーズは偶然に発見されたと考えられています。それは,砂漠を旅していた商人が,羊の胃袋で作った水筒に入れたやぎの乳を飲もうとしたとき,白い固まりが出てきたという古いアラビアの民話があるからです。羊の胃袋の中のレンニンという酵素が乳に働いてチーズ状のものができたのでしょう。乳をあらかじめ乳酸発酵させてからレンネットを添加すると,主要なたんぱく質であるカゼインが凝固します。この固まりを圧縮し熟成させたものがチーズです。このように,チーズは,古代の中近東にはじまり,ヨーロッパ,北アフリカ,東アジア,インドへと伝播したと考えられています。
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